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(しかし、日本の夏は、朝からこんなに蒸し暑かっただろうか……?)
かつての移住先だったオーストリアから約四年振りに日本へ降り立った響野 侑は、襲い掛かる強い日差しを遮るように右腕を顔の前に翳した。
前日の昼頃にウィーンを発ち、十数時間のフライトを経て羽田空港に到着したのは朝七時頃。
大きなスーツケースと、商売道具でもあるトランペットが二本収納できる楽器ケース二つをカートに入れ、羽田空港のロビーを歩く。
(四年前、日本を発つ時は、こんな暑さではなかったと思うが……)
酷暑ともいえる母国の暑さに辟易しながら、侑はタクシー乗り場へと向かう。
タクシーを待つ間、頬骨あたりまで伸びた前髪を掻き上げ、ハンカチで汗を拭いながら、時折それで顔をパタパタとあおぐ。
じっとしているだけでも額に汗が滲み、恐らく今着ている黒い半袖Tシャツの下も、ブルーグレーのデニムの下も汗ばんでいるだろう。
本当なら、まだオーストリアで暮らしているはずだった。
四年前、日本を発つ際、オーストリアで生涯を過ごしていく覚悟だった。
しかし、この四年間の生活は、冷たい性格の持ち主と言われている侑にとっては、心身ともに辛い日々の連続。
(もう、あの地には何の未練もない。もう戻る事もないだろう)
音楽の都、オーストリアのウィーン出身の彼ではあるが、彼の中では昨日ウィーンを発つまでに、終の住処は母国の日本と決めていた。
(四年前……日本を発ってからの俺は……一気に奈落に突き落とされたようなものだったな……)
ぼんやりと考え事をしていると、ようやく目の前に一台のタクシーが滑り込んできた。
トランクルームにスーツケースと楽器ケース二つを入れ、後部座席に乗り込む。
「東新宿のエストスクエア前までお願いします」
「かしこまりました」
侑を乗せたタクシーが緩やかに発進すると、彼は窓に肘を突きながら、心ここにあらず、というような状態で、車窓からの景色をボーっと眺めていた。
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