第27話:ルフォの選んだ音
操作士だった頃、ルフォの羽は「都市に通じる音」を宿していた。
金の光沢は、命令歌のために磨かれ、
尾羽には反射コードと音節の配列が刻まれていた。
だが今、その羽根は――命令のためではなく、“生きるため”に動いていた。
彼は、都市樹の中層にある**風篩枝帯(ふうしかしだい)**にいた。
そこは音の実験層とも言われる、空気の流れと枝のきしみが交差する空間。
命令でも歌でもない、ただの「音」が生まれる場所。
記録されない響きが、そっと枝から枝へと移っていく。
ルフォの羽は、以前よりも落ち着いた金。
一部の羽縁は褪せて、まるで茶色い苔が自然に絡んだようにも見えた。
尾羽のコード線はすでに剥がれ、
代わりに微細な振動を感じ取る繊維層が現れていた。
彼の目の前には、**音を蓄える“鳴胞枝(めいほうし)”**があった。
命令歌では使わない枝。
ただ、風と羽音と、虫の羽ばたきを受け止めるだけの、記憶しない器官。
ルフォは尾羽を少し広げる。
その動きが生んだ“擦過音”が、鳴胞枝に触れた瞬間――
枝は、静かに揺れた。
命令ではない。
都市を動かす力でもない。
それでも――枝は、応じた。
「……こんな音でいいのか?」
誰にも問わずに、ルフォは小さく言った。
歌えない音。
命令にもならない音。
けれどそこには、**彼だけの“棲み方”**が込められていた。
シエナが背後から現れる。
ミント色の羽は風篩層の影でやや緑灰に変わり、
透明な尾羽が、風の渦に合わせてくるくると踊るように揺れていた。
肩のウタコクシは静かに翅を開き、
ルフォの鳴らした音を、記録せずに“覚える”。
記録されない音が、初めて“受け取られた”瞬間。
ルフォはもう一度、羽を擦らせた。
前よりわずかに明るい音。
風に乗せるように、小さく、そして確かに鳴らした。
それは、
操作でも命令でもなく――「ただの音」だった。
でもそれが、
彼の選んだ“これから棲んでいく音”。
ウタコクシが、
その音にだけ反応して、短く“トン”と鳴いた。
都市の一部が、わずかに枝を開いた。
それは命令の返事ではない。
ただ、「聴いている」という、都市のまなざし。
ルフォは、
今の自分の羽が、
“棲むためにある”ことを知った。