「まだ、影に追わせている途中で確信はないのだが調理部が怪しい」
「どういうことだ?既に王城に入り込んでいるということなのか?」
ウィリアム殿下の顔が険しい。
「その可能性がある」
俺たち以外に聞かれまいと低い声で押し殺すようにプジョル殿が静かに答えた。
一瞬、殿下ふたりが息をヒュッと飲む。
「セドリック殿は驚かないようだが、気づいていたのか?」
やっぱりなと腑に落ちて、割と平然としていたら、意外に周りをよく見ているウィリアム殿下から、表情を読まれたようだった。
「気づくというより、「違和感」です。いまお聞きしてやっぱりそうだったのかと確信が持てました。シェリーが調理部がミクパ国の料理について全く知らないと言っていたのに、いままでの材料費の明細には、先日シェリーと調べたミクパ国料理のレシピによく似た材料で作れる食材が購入された明細があったので、賄いとかで作っていたのでしょう」
「そんなところまで財務課は見ているのか!」
ウィリアム殿下が目を白黒させている。
「いつも見ているのかと言われるとそうではありませんが、調理部だとそこが1番に不正がしやすいところでもありますので、そういうところはしっかりと見ていますよ」
「それはセドリックだけか?」
「どうでしょう…財務課はみんな見ていますが、ここまで細かいとなると、そうかも知れませんね」
俺の答えに皆が顔を見合わせている。
「セドリックが恐ろしい…」
ウィリアム殿下の顔色が悪い?
(なにかやましい事でもあるのだろうか)
「とにかくレセプションで出される料理に下剤か、毒を盛って、協定式を中止にするつもりなんだろう」
プジョル殿は苛立ちをあらわにした。
一同の表情が一気に曇る。
レセプションの料理を毒味をするのはきっと担当であるシェリーだ。
プジョル殿は、レセプションで妨害があるかも知れないと確信して、シェリーや儀典室の人を危険から守るために手伝うと言ってくれているのだろうか。
なんとしてでもシェリーや他の人が毒を口にすることだけは止めないといけない。
「それにしてもなぜ、プジョル殿は調理部が怪しいと気づいたのですか?」
ふと疑問に思ったことを口にしたが、殿下達もそう思っていたようだった。
「この間、セドリック殿が浮気していた現場を目撃しただろう。その時にだよ」
プジョル殿が俺を見てニヤッとそれは嬉しそうにした。
ウィリアム殿下も先ほどまで俺の話を聞いて白黒させていた目を急に爛々とさせだすし、ヨゼフ殿下は頬を淡く染めて苦笑いをされている。
「殿下達、そうじゃないですからね。仕事ですから。浮気ではないですよ。私がシェリー以外に…」
と言いかけて、メガネをクイッと掛け直しながらプジョル殿をジロリと見ると、うれしそうに悪い顔だ。
この人、最近はやたらと俺に絡んでくる。
これ以上言って反抗しても、また絡まれるので口をつぐみ、プジョル殿の説明を待った。
「先日、調理部のひとりと市場に行った時にこのレストランの説明が僅かながら妙だったんだ。あの程度の奴と言って申し訳ないが、平民に近い者がなぜここの内部のことを知っているのか、なぜ悪い情報を流そうとするのか、なにか意図があるように感じた。奴は俺が何者であるかには気づいていて、そのようなことを言ったのだろうが逆に悪手だったな」
「もしかして、この間アーサー達と市場付近で出会った時のことか?」
ウィリアム殿下がその時のことを思い出したようだった。
「そう言えばウィリアムと出会ったな。その通りだ。シェリー嬢以外にもう1人、男性がいただろう。奴だよ。覚えているか?」
「いたのは覚えているが印象にないな」
ウィリアム殿下が斜め上を見ながら思い出そうとしておられるが、どうも思い出さないらしい。
「潜入してくる奴らは印象を残さないのが上手いですから、それがむしろ仕事ですしね」
一同が深く頷き納得する。
「さぁ、我々がすることは多いぞ。まずはその怪しい調理部と貿易商の関係を調べないとな」
ウィリアム殿下の掛け声とともに4人がより一層、前屈みで額を寄せ合い声を低くした。
それから1時間ほど話し合いが行われ、今回は終了となった。
殿下達は次は協定の打ち合わせをするとかでまだ残られているが、俺はプジョル殿と一緒に帰ることになった。
「セドリック殿、レストランから出る時はお腹いっぱいの演技をしながら、外に出てくださいよ」
「わかっています」
プジョル殿がクスッと笑うがその大人の男の余裕のような笑みに悔しくなる。
メガネを掛け直し、真っ直ぐに前を向いた。
ほど近い市場の喧騒を聞きながら、お互いにいろいろと考えたいことがあるのだろう。会話もなく、コツコツと王城までの道を歩いていたが、どうしても俺はプジョル殿には伝えなければならないことがあった。
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