「あの女と別れて約一週間後に俺は日本へ帰国した。女の浮気が原因でヤケになってた俺は、大学の同期から、あの娼館を教えてもらった事を思い出し、帰国した日の夜、早速連絡を入れて出向いた」
しかし、女は恋の話が何でこんなに好きなのだろうか? と侑は不思議に思う。
目の前の弟子は、人の黒歴史をさっきから楽しそうに聞き入り、時折、意味不明な反応を織り交ぜてくる。
(その反応に釣られて話す俺も俺だが……)
侑は次第に羞恥心が襲ってきた。
「あの時は、すごく女を抱きたい衝動に駆られていたし、あの女への当てつけ、と言うのもあったかもしれん。で、あの場所に到着して出迎えを受け、娼婦たちが横一列に並んでいる一番左端に…………お前がいた」
彼女の大きな瞳が、更に丸みを帯びる。
「…………正直驚いた。九條にやたら似ている女がいて。指名したら本人だったから尚更だな。今思うと、お前を初めて抱いた時、けっこう無理矢理な抱き方をしたと思うが。後は、お前も知っての通りだ」
「え? えっと…………っていう事は……」
彼女は癖なのか、口元のホクロを指先に当てる仕草をしながら、斜め上に視線をやり、思考を巡らせているようだ。
「…………何だ?」
「先生、帰国したその日に、私を抱いたって事ですか? それってヤバすぎじゃないですか?」
ニヤリと笑いながら質問してくる瑠衣に、睨みながら地を這うような声音で言い放つ。
「…………黙れ」
侑は後頭部に手をやり、頭を軽く掻くと、『話が脱線したが』と、更に話を繋げた。
「さっきのCDの件にも多少関係するが、販売中止になったCDも含め俺の出したCDのピアノ伴奏は、全て島野レナが担当していた。あんな情事を目の当たりにした事もあり、あの金に島野レナが多少でも関わっていると思うと、今も虫唾が走る。『忌々しい金』というのは、そういう意味合いもある」
言いながら侑は、ローテーブルに並べられたCDに視線を落とし、瑠衣もタキシードを着た侑のジャケット写真を見つめていた。