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三度《みたび》、Empire HOTELへと向かうタクシーの中。
俺も満月も、一言も話さなかった。
ただ、俺は、彼女の手を離さなかった。
同じ部屋が空いていなくて、ひとつ上の階のデラックスツインにチェックインした。
俺は彼女の本名を知っていたが、宿泊者名簿には、敢えて『満月』と書いた。
この前の二回とも、聞かれなかったから言わなかったけれど、続柄を『妻』にしていた。
部屋に入ると、彼女の方から手を振りほどかれた。
以前の部屋とは窓の向きが違って、月が見えない。
ただでさえ、今夜は雲が多い。
満月は無言で窓に近づいた。
「髪、切ったんだな」
彼女が何を考えているのかわからず、俺は他愛のないことで気を紛らわそうとした。
「長い髪も良かったけど、短いのも似合うな」
なんて気の利かない、ありきたりな感想だ。
満月は俺の言葉には反応を示さず、窓の外を眺めた。
「満月……?」
「……私の名前、知ってるんでしょう?」
「ああ」
「なら――」
「――いいだろう? こうして二人でいる時は、あんたは満月で、俺は満夜。俺はあんたに拾われて、救われて、堕ちたんだ。それで、いいだろう?」
彼女を背後から抱き締めた。
窓に映る満月は、決して夜景を楽しんではいない。
俺と同じように、窓に映る自分を、俺を、見ている。
「満月が好きだ。本当の名前も、俺との関係も、どうでもいい」
「どうでもいいわけ、ないじゃない!」
「いいんだよ! 俺もお前も離婚は成立していて、咎められるような関係じゃない。あの夜、一目惚れしたんだ。どん底にいた俺に手を差し伸べてくれた。その優しさに、惚れたんだ。あんたが何か隠していることも、俺とは二度と関わる気がないことも気づいていたのに、俺が! もう一度会いたいと思った。満月に、触れたいと思った! それだけだ」
「そんなこと――っ!」
身を捩って俺の腕から逃れようとする満月の首に手をかけ、強引にキスをした。
「ふ……んんっ!」
頑なに閉じる唇に舌を這わす。
彼女の首にかけた手を顎に移動し、人差し指を満月の口に押し込んだ。
「んーーーっ!」
開いた唇に舌をねじ込む。
噛まれても仕方がなかったのに、そうはならなかった。
彼女の肩を抱いていた腕をゆっくりと下げ、胸の膨らみに滑らせる。
満月の足の間に俺の右足を差し入れると、彼女の上半身が前屈みになり、窓に両手をついた。
窓越しに見るその体勢がやけに煽情的で、堪らなくなる。
俺は満月のコートやらスカートやらを一度にたくし上げ、ストッキングの中に手を入れた。脱がそうと引っ張た拍子に、ビリビリッと繊維が切れる音がした。
「あ、わり」
そうは言ったものの、手間が省けたと裂け目に手を入れ、更に広げる。
「ちょっと!」
「どーせ破けたんだから、いーじゃん」
楽しんでいる自分がいる。喜んでいる自分がいる。
こんな風にセックスを楽しむなんて、忘れていた。
「俊哉ってさ――」
片手を服の中へ、片手をショーツの中へ突っ込みながら、彼女の耳元に唇を寄せた。
「セックスうまかった?」
「……え?」
ペロッと耳朶を舐めると、満月の背が仰け反った。ブラジャーを押し上げて、膨らみを持ち上げるように指を食い込ませる。もう片方の手は、茂みをかき分けて花芽を擦る。
「見た目には、俺以上に淡泊な感じだったけど?」
「あなたのどこが――っ、たん……ぱくなの……よ」
髪を切った彼女の耳裏から首筋、肩のラインがはっきり見えて、その白い肌に噛みつきたい衝動を覚えた。
前回もそうだったが、彼女といると、自分でも知らなかった嗜好に気づかされる。
「満月に会うまで、淡泊だったよ」
噛みつく代わりに、口づけた。
俺の痕が真っ赤に残るほど強く、吸い付いた。
「やっ――!」
身を捩った彼女を逃すまいと、潤んだ蜜口に指を立てた。ゆっくりと、温かく迎い入れられた。
同時に胸の頂を指の腹で捏ねる。
「はっ……、あ……」
「あの男と、どっちがいい?」
スラックスの下で張りつめたモノを、彼女の尻に押し当てる。
「そんなこ……と……っ」
「里奈は、動物みたいで嫌だって、バックはさせてくんなかったな」
「え――?」
「それほどシたいとも思わなかったから気にしてなかったけど、俊哉はどうかな」
彼女の|膣内《なか》の指の関節を曲げると、腰が揺れ、俺のモノに尻を押し付ける格好になる。
正直、彼女の乱れた姿を後ろから見ているだけで、痛いほど勃ち上がっていた。
「満月、ベルト外して」
耳朶を食みながら、囁く。
彼女は片手を窓から離し、後ろ手に俺のベルトに手をかけた。
「片手じゃ……ムリッ」
「じゃあ、両手で」
「手、抜いて」
「ムリ」と言って、円を書くように指を動かす。
「やぁ……っ」
「ほら、早く。痛くて堪んない。満月の身体は俺が支えてるから」
渋々、満月はもう片方の手を窓から離し、両手で俺のベルトを外しにかかる。
窓に映る彼女の姿は、後ろ手に縛られていながら、俺に嬲られているようにも見えた。
本当に、縛ってしまいたいと思った。
「ヤバい」
「え?」
「満月に開花させられる」
「はっ!?」
「マジで」
満月がベルトを引っ張っる度にスラックスの布地に擦れて、感じてしまう。僅かな刺激がもどかしい。
俺は、はぁ、と息をついた。
彼女は器用にベルトを外し、スラックスのボタンとファスナーを解放した。ボクサーパンツの隔たりはあるものの、だいぶん楽になった。
「俊哉は……させなかったわね」と、満月が言った。
窓越しに、視線が絡む。
「え?」
「セックスは男がリードするものって、変なこだわりがあったから」
そう言うと、彼女は俺のボクサーパンツに手を突っ込んだ。
今度は、俺の腰が引ける。
いきり勃つモノを握られ、引けた腰に力が入る。
満月の温かな手に扱かれ、息を詰まらせた。
「ふぅ……う」
彼女の肩に頭をもたげる。
里奈は、手や口でスルのを嫌がった。
セックスは愛の行為だと、絵に描いたような仕方しかしなかった。
キスをして、愛を囁き、しつこくない程度の前戯の後に身体を繋げる。正常位で。
抱き合い、キスをして、果てる。
映画のベッドシーンの綺麗な部分だけを切り取ったようなセックスを好んだ。
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