テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第1話:smile no.13
薄曇りの午後、ホームに並んだ電車が出発する音と同時に、少女の身体が線路に崩れ落ちた。
彼女の顔は、きれいな笑顔だった。まるで誰かに向かって「だいじょうぶだよ」と笑って見せるような。
近くにいた駅員が駆け寄り、心肺停止を確認しながら叫んだ。
「誰か、この子を知ってる人は……!」
──誰も名乗り出なかった。
少女が身につけていたのは、水色のパーカー。
首元に大きなヘッドホン。まるでネックレスのように垂れ下がっている。
ポケットの中には、再生されたままのミュージックプレイヤー。
表示された曲名には、こう書かれていた。
「smile no.13」
ジャンル:D.M(Drug Music)
再生時間:00:15:13
「また……笑顔のまま、ってやつ?」
少年・ナナセ・ツグルは、そのニュース映像をタブレットで見ながら、顔をしかめた。
17歳。痩せた体にだぼついたカーキのシャツ、インナーは黒。髪は癖のある茶色で、右耳には音符型の銀色ピアスがひとつ。
彼の部屋には、遮音パネルが一面に張られ、机の上には最新の音響解析ソフトと、いくつもの未再生の音源ファイル。
彼は「EDM作曲者の子供」だった。
ツグルが扱うのは、EDM(Euthanizing Digital Music)。
波形、反転、脳波干渉。
“音だけで人を殺せる構造”は存在する。だが、それを制作できるのは限られた者だけだ。
EDM作曲文化には、独特のルールがある。
曲は作曲者本人がフルで聴いてはならない
完成音源は耐性保持者により検証される
音の中に含まれる“死の位相”は、パーツごとに視覚化して調整する
制作時、心拍と眼球運動はモニターされ、異常があれば即中断
ツグルの父もその一人だった。
そしてある日、父は**「再生しないままにした音源」を遺して消えた**。
「ドラックミュージックは違うんだよな……気軽で、軽くて……なのに、死ぬ。」
ツグルは、件の音源“smile no.13”のコピーを非公式ルートで手に入れていた。
ドラックは構造的に“死”を目的とした音ではない。
だが、幸福の脳内再生を最大化する設計がなされており、脳が“もうこれ以上の快楽は要らない”と判断してしまうことがある。
「つまり、満ちて死ぬってことか……」
解析ソフトにsmile no.13を読み込む。波形はおだやか。だがその中心に、人工的に笑顔の表情パターンを刺激する信号域が見えた。
「……やっぱり、入ってる。」
笑顔は意図されたものだった。
ドラックミュージックの“幸福設計”は、もはや麻薬以上に精密な快感生成機械だ。
そのとき、画面が微かに揺れた。
ツグルの耳に、ノイズのような“呼吸音”が混じった短波が入り込む。
「……!? 再生してないのに……?」
ツグルは、再生されていないファイルから逆流してくる“音”に気づく。
「これは……EDMだ。しかも……誰かの“死に際の音”が混ざってる」
EDMとドラックが重なった音源。
それは、単なる事故か、それとも、新たなジャンルの誕生なのか。
そしてその夜。
ツグルは夢の中で、笑顔の少女に出会う。
彼女は言った。
「……ねえ。私、いい笑顔だったでしょ?」
目は、笑っていなかった。
🌀To Be Continued…