テラーノベル
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第2話:15秒スマイル
「この音、すごく良くない?」
そう言って笑ったユズは、再生ボタンを押したまま、3日間笑い続けた。
放課後の防音室。
エノハ・ナギリ(17)は、イヤモニを両耳に差し込んで、机に置いた音響解析モニターとにらめっこしていた。
ノイズ対策のため、髪は刈り上げており、細い銀のリングピアスが片耳に3つずつ。
着ているのは、深灰のロングジャケットに、内ポケットに複数のUSB型音源カプセルが差してある。
彼女は、EDM作曲者。
しかも──非公認の“個人制作型”。
「ターゲット年齢、14~19。
過去に笑顔中毒を経験した層。
再生環境はワイヤレス、ボリュームは最大80%……」
ナギリは、EDMではなく“ドラックミュージックの構造”をEDM用に変換する実験を行っていた。
EDM作曲文化において、“音を殺す側”としての倫理と孤独は根深い。
正規ライセンスを持たない者は、楽曲を試聴できず、公開も禁止。
誰かが死ねば、その作曲者は“音による過失致死”で告発されることもある。
だからこそ、ナギリはEDMの構造を中和し、「制御可能な死」を作りたいと考えていた。
そこへやってきたのが、ユズ・アリサ。
茶色のショートボブに、フリルのついたパーカー。
見た目は普通の女子高生だが、実は**“軽度の笑顔依存症”**。
「ドラックで笑うの、もう我慢できないの。
ナギリ、サンプルちょうだい?」
「それ、本気で言ってんの?」
ナギリは眉をしかめた。
ユズのスマホには、“smile系”ドラック音源が常時20本以上登録されている。
“15秒スマイル”もその一つ。
「ねえナギリ。ドラックってさ、“EDMより安全”って言うけどさ、
笑って死ぬのって、悪いことかな?」
ナギリは言葉を詰まらせた。
EDMは確かに即死性がある。けれど、ドラックの中毒性は時間をかけて脳を壊していく。
「ユズ、おまえの笑顔さ、最近ずっと同じなんだよ。
顔筋動かしてるだけ。“感情がついてきてない”笑いなんだよ」
「……そんなこと言って、ナギリは笑えないからでしょ?」
ユズの言葉は正しかった。
EDM作曲者の多くは、音への過敏性のせいで感情表現がうまくできない者が多い。
ナギリもその一人だ。
彼女はもう3年近く、自然な笑顔を作れていない。
その夜。
ユズはまた「15秒スマイル」を再生し、鏡の前で笑っていた。
0:00 再生
0:05 幸福感があふれる
0:10 視界が明るくなる
0:15 ——笑顔が、固定される
0:16……
0:17……
0:18、ユズの表情筋が痙攣を起こし、倒れる。
ナギリが駆けつけたとき、ユズはまだ微笑んでいた。
でも、その目は乾いていて、音も聞こえていなかった。
数日後、ナギリは**“15秒スマイルの変異波形”**をもとに、新しいEDM草案を打ち込む。
彼女の構想はひとつだけ。
「笑って死なないドラックを、
笑えない私が作るEDMで、止める。」
🌀To Be Continued…
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