今まで目を通していた資料を机の上へ放り投げ、勇斗は掛けていた黒縁眼鏡を外し、目頭を押さえる。
時計に視線を向ければ、時刻はとうに昼の12時を過ぎていた。
現在時刻を確認した途端今更のように空腹感に襲われ、怠い身体を引き摺るようにして立ち上がり、一階に併設されているバーへ向かう。
ふらつく足取りで階段を降り、バーの室内を見渡すと、何時もなら賑やかなはずのそこはしんと静まり返っていた。
しかし、誰もいない訳ではなく、ソファに座っている見慣れた後頭部を見つけ、勇斗は声をかける。
「…はよ」
その声に気付き、仁人は勇斗の方へ顔を向けて、軽く手を挙げた。
「おぉ、勇斗おはよぉ。まぁ言うて、もう昼だけど。仕事終わった?」
「あらかた情報整理は終わった。動き出すのはまだ先になりそうやけどな」
「そっか。ま、ひとまずお疲れさんでした。あ、腹減ってんでしょ?カウンターんとこサンドイッチあるから食べな」
「おう、ありがと」
カウンターからサンドイッチの乗った皿をありがたく頂戴した勇斗は、それを持って仁人の座るソファまで歩み寄り、あいさつを交わしてからと言うものずっと気になっていた事を改めて尋ねる。
「…で、」
「んー?」
「ソレ、どゆこと?」
勇斗はソファの右側を指差し、怪訝そうに首を傾げる。そこでは、何がどうなってそうなったのか、太智が仁人の膝の上ですうすうと寝息を立てていた。
「あぁ、コレ?なんかまた薬品の調合だかで徹夜して、眠れなかったらしいよ」
仁人は平然と答え、読んでいたテーブルの上の雑誌を、パタンと音を立てて閉じる。
「…へぇ?」
「朝メシ作ろって思って下りて来たら、今にも寝そうなカオしてここ座ってたんだよね。とりあえずメシ食わしたら、膝貸してくれって言われてそのまま寝て、でコレ。部屋行って寝ろ言ったんだけどなぁ」
しょーがないやつだよ、と言いながら、仁人は両腕を上げて伸びをした。その様子を横目で見て、勇斗はぼそりと呟く。
「…お前のそれ、そう言えばよく見てたわ」
「え、それって何が?」
「膝枕。あと、お前の側で誰かが寝てんの。ようあったやん、昔っから」
施設にいた頃から、太智が、柔太朗が、舜太が。
夜眠れない(または眠くない)と言っては、仁人のところに集まって、たわいのない話をしながら、いつの間にか眠りにつく。
あの頃、毎日とまではいかないまでも、何度もこんな光景を目にしていた。
「そうかぁ?…あー、そう言われればそうかも。え、なんでだろ」
勇斗の言葉に、腕組みして考え込んでいた仁人は、はたとサンドイッチを頬張っていた勇斗を仰ぎ見た。
「あ、でもそれだったら、勇斗にはしたことないかもな」
「ぶッ、…はぁ?」
唐突な発言に、危うくタマゴサンドを喉につっかえそうになりながら、勇斗は目を見開いて仁人を見下ろした。
そんな勇斗に、仁人は左側の膝をぽんぽんと叩き、悪戯っぽく笑いかける。
「してあげよっか、膝マクラ」
「っアホか!」
「なんでよ?ほら、いっこ空いてんぞヒザ」
「いらんわ!」
悪ノリし出した仁人に言い返し、勇斗が空になった皿を持ってカウンターへ逃げようとすると、その背中にすかさず仁人の声が飛んで来た。
「あ、ついでにお茶持って来てくんない?冷蔵庫ん中あるヤツ」
自分で取れやと言い掛けて、そうはいかないことを思い出す。
勇斗は苦い顔をして、シンクに皿を置いた後、冷蔵庫を開けながらソファの仁人に声をかけた。
「…いつからそのかっこなわけ?」
「いつからぁ?そうだなぁ、舜太達にメシ食わせてからだから…3時間くらい経つか?」
「はぁ!?」
「そんでまだ起きないって、どんだけ寝てなかったんだろうなぁ」
自分用にミネラルウォーター、仁人に麦茶を入れたグラスを両手に戻って来た勇斗は、太智を起こさないよう、気遣わしげに髪を撫でる仁人を前に、呆れた顔で溜め息を付いた。
「……お前はほんと…」
「え?」
きょとんと自分を見つめる仁人にもう一度溜め息を付き、勇斗はソファの左側に腰を下ろして、麦茶を手渡す。
「…なんもねぇよ」
「?おう、さんきゅー」
言葉を濁した勇斗を不思議そうに見つつ、仁人はにっと笑って、麦茶を受け取った。
「そういや、みんなどこいったん」
「えっとね、柔太朗は買い出しでー、舜太は道場に稽古つけに行った」
「へぇ、ちゃんとしてんな」
「いやほんとよ。自慢の息子たちですねぇ」
「あんなデカい息子持った覚えねぇよ」
2人でしばらくたわいの無い話をしていると、昨夜一睡もしていなかった勇斗は、とうとう限界を迎えたらしく、徐々に仁人との会話が噛み合わなくなってくる。
「はやと〜」
「ん〜…」
「寝んなら部屋行って寝た方がいいよ」
「もう、ええねん…」
「なぜに関西弁」
うとうとと、今にも眠ってしまいそうな勇斗の顔を下から覗き込みながら、仁人は可笑しそうに、こそりと問い掛ける。
「膝マクラしてやろうか?」
「…いらんていってんだろ、」
「この状態でもダメかぁ〜」
残念だなぁと笑って身体を仰け反らせた仁人に、勇斗はもはや完璧に目を閉じ、ソファに背をもたれ掛けて、もごもごと独り言のようにこぼした。
「そんなん、せんくても…」
「んー?」
「お前がいたら、それでいいんだよ、おれは」
勇斗の口からこぼれた言葉に、仁人はピタリと笑うのを止め、ゆっくりと左隣へ視線を向ける。
「…居心地 いいんだろな、おまえのそばって。だから、みぃんな、おまえんとこ、くんだろな」
それっきり言葉は途切れ、代わりに安らかな寝息を立て始めた勇斗。そんな勇斗を、仁人はあっけにとられた表情で見つめた後、
「………ふはっ」
照れ臭そうに吹き出した。
たわいのない話をしながら
いつの間にか眠りにつく。
それがどんなに とおといか
それがどんなに しあわせか。
ぼくらは、はるかまえから知っていた。
それから きみのやさしさにも、
とうのむかしに、気付いていたんだよ。
&more…
→実は途中から起きてた太智さん。
(………なにコレ。)
(『お前がいたらそれでいいんだよ』て、どこぞのマンガのセリフかぃ)
(てゆうか、むっちゃ気まずいんやけどぉ)
(気まずすぎて起きるタイミング逃してもうてんけどぉぉ)
(いつぅ?コレ、いつああよお寝たって起きたらいいんかなぁ!?)
塩さん
プチパニック中。
→やわしゅん帰宅後…
「なぁなぁじゅうじゅう!柔太朗って!」
「なに?俺、これから店の仕込みで忙し…」
「はやちゃんとじんちゃんがイチャイチャしてんで!」
「は!?」
「なんかさなんかさ!ソファーでふたり頭ごっつんこして寝…」
「じんちゃんッ!仁ちゃん起きて!ちょぉこっち来て!!」
「アハハハ!ほんまじゅうって自分に正直やなぁ」
「………んだよ柔太朗、デケェ声出すなよ」
「呼んだの勇ちゃんじゃないんだけど!あ、いやいいか、一旦結果オーライか。」
「なんなん?ちょお、俺寝起きだから頭働かんのやけど」
「もう何でもいいからさ、勇ちゃんそこのゴミ捨てて来てくれない?」
「あ!じゃあついでに、はやちゃんスーパーで牛乳買ってきてやぁ」
「…前から思ってたけどさ、なんか俺の扱いザツすぎん?」
強火吉田担と自由な末っ子
end!
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