pnside
病室は静かで、時計の針が進む音がやけに大きく響いていた。
昼なのに薄暗いのは、窓のカーテンが閉められているから。
それを引いたのは先生だった。
「光、強いと疲れるでしょ」なんて言って、当たり前のように手を伸ばしてくれた。
カルテを膝に置いたまま、rdは少し窓の方を見てから、ふっと笑った。
rd「外、晴れてるよ」
pn「……そうなんだ」
rd「カーテン、開ける?」
pn「いい」
短いやりとりのあと、先生はそれ以上何も言わず、椅子を俺のベッドの近くまで引いた。
足音が床に軽く響いて、それがやけに安心する。
rd「じゃあさ……ちょっとだけ話そうか」
その声は低く落ち着いているのに、どこか先生らしくない軽さを含んでいて、不思議と緊張しなかった。
pn「……診察?」
rd「うん、まあそんな感じ。かたく考えなくていいからね」
先生はノートを開いたけど、そこに文字を書き込むわけでもなく、ただ俺の方を見ていた。
rd「眠れてる?」
pn「……ちょっとだけ」
rd「食欲は?」
pn「ない」
短い返事しかできないのに、rdは深く頷いて、「そっか」とだけ言った。
その仕草が、俺の言葉を大事に扱っているみたいに見えて、少しずつ呼吸が楽になる。
rd「……じゃあ、今つらいことはある?」
pn「……夜」
rd「夜?」
pn「…. 夜が、こわい 、」
rdは声のトーンを変えずに、少しだけ間をあけてから訊ねる。
rd「どうして?」
pn「……考えちゃうから」
言葉を探すのに時間がかかる。
でも先生はそんな俺を急かさなかった。
ただ俺の視線の先を一緒に見ているみたいに、静かに待ってくれる。
pn「……誰もいないこと」
pn「俺が消えても、何も変わんないんじゃないかって……」
言った瞬間、胸の奥にずっとあったものが形を持ったみたいに重くのしかかって、涙がにじんだ。
こんなこと言うつもりじゃなかったのに、止まらなかった。
先生は驚いた顔をしなかった。
ただまっすぐに俺を見て、少しだけ首をかしげた。
rd「孤独、なんだね」
pn「……」
rd「そう思うの、無理ないよ。」
rd「ここに来るまでに、ひとりで抱えてたんだもんね」
その言葉に胸がじんわりして、涙がぽとりと落ちた。
誰かにちゃんと受け止められるなんて思ってなかった。
pn「……なんか、言えた」
rd「うん。言えたの、大事だよ」
rdの声はゆっくりと落ち着いていて、どこかあたたかかった。
言葉の一つ一つが静かに沈んで、重たい沈黙をやわらかい沈黙に変えていった。
先生はポケットからハンカチを取り出して、ためらわず俺の枕元に置いた。
rd「無理に拭かなくていいよ。置いとくだけ」
俺は目を伏せたまま、小さく息を吐いた。
涙を見られるのは嫌だったけど、不思議と恥ずかしさはなかった。
先生がそこにいるだけで、そういう感情が薄まっていく。
pn「……俺、弱いなぁ ッ 、」
rd「弱い? なんで」
pn「死のうとしたのに、生き残って……結局、怖くなって泣いて ッ」
声が震えて、途切れ途切れになる。
こんなふうに自分をさらけ出したのは初めてだった。
先生はノートを閉じて、ペンを膝に置いた。
そして少しだけ体を傾け、俺と視線を合わせる。
rd「弱いんじゃなくて、生きてるんだと思う」
pn「……」
rd「生きてるから怖いし、生きてるから泣ける。」
rd「そうやってちゃんと感じられてるの、すごいことだよ」
その言葉に胸がきゅっと締め付けられた。
先生らしい理屈なのに、どこか優しくて、俺のためだけに選んだ言葉のように思えた。
pn「……でも、俺にはもう何もないから 、」
rd「あるよ」
pn「……」
rd「ここにいる。それだけで十分」
俺は言葉を返せなくて、ただ目を閉じた。
でも耳に残る先生の声は、暗闇の奥まで届いてくるようで、孤独が少しだけ遠のいた。
しばらくの沈黙があった。
それでも気まずくはなくて、むしろ安心する静けさだった。
rd「今日はここまでにしよっか」
pn「……」
rd「話してくれてありがとう。すごく大事なことだから」
ノートを閉じる音が小さく響いて、それで診察が終わったことを知った。
けれど俺の胸の中では、まだ何かが揺れていた。
吐き出したばかりの孤独と、それを受け止めてもらえた実感。
その両方が重なり合って、少しだけ呼吸がしやすかった。
診察が終わって先生が病室を出ていくと、静けさが戻った。
カーテン越しに薄暗くなった外が分かる。
時間はもう夕方で、オレンジ色がかすかに透けていた。
俺は枕元に残されたハンカチを見つめた。
触れる気になれなくて、ただ眺める。
それでも、その白い布から先生の気配がまだ残っている気がした。
「……ここにいる。それだけで十分」
さっきの言葉が耳に残って離れない。
何度も思い返すたびに胸の奥がじんわり熱くなる。
俺はずっと生き残ったことが間違いだと思っていた。
誰も必要としていないし、いてもいなくても同じだと。
そう考えてきたはずなのに、先生の声はそれを少し揺らしていた。
夜になって、病棟の灯りが落ち着いた。
廊下の足音も少なくなって、静かな空気に包まれる。
その中で俺はようやく目を閉じる気になった。
カーテンの隙間からこぼれる街灯の光が、薄く天井に映っている。
孤独はまだ消えていない。
でも、完全に一人じゃないと思えた。
先生は、俺を見てくれた
その事実が心の奥に残って、眠りへと沈むときの支えになっていた。
コメント
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普通にもう泣きそうです、