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井川奎
87
未熟者が作った物語
247
シオン
75
2,324
美智子はメモを取る。
男──、ジェームズの語り口は軽やかで、店の始まりや、取扱っている商品について答えてくれた。
「まあ、日本育ちの英国人ということもあって、在留外国人から商品が流れでくることもありましてね」
たとえばと、ジェームズは側にあるティーセットを指さした。
「これは、さる国の大使が帰国する時に手放した物……。元々はドイツ貴族が使っていたものです」
「まあ!」
驚く美智子に気を良くしたのか、ジェームズは、次から次に商品の由来を語っていく。
その度、美智子はメモを取りながら、ジェームズの話に聞き入った。
「ざっとこんな感じですかね。時には売れ残りの輸入品が流れてくることもあるので、新しい物もありますよ」
そして美智子へ、比較的手頃な値段だから何が買わないかと商売気を出してくる。
「ふふふ、商売上手ですね」
すっかりジェームズに取り込まれたと美智子は苦笑う。
と……。
棚の片隅で何かが光った。
目を凝らして見ると、手鏡のようだった。
「確かフランス製だったかな?比較的新しい物ですね」
アールヌーボーめいた意匠で飾り立てられている。手のひらに乗るほどの小さな物だった。
「お気に召したなら差し上げます」
「え?でもそれは……」
「古美術としては価値のないものですから、構いませんよ」
ジェームズは、さっと手鏡を取ると美智子へ差し出す。
「ああ、その代わりと言っちゃなんですが、うちの店の宣伝頼みましたよ」
言うと、ジェームズは目配せした。そのおどけた仕草に美智子は思わず吹き出した。
「はい、わかりました。紹介記事任せてください!」
差し出された手鏡を受け取りながら美智子は言う。
こうして、偶然の出会いを堪能し、美智子は店を出た。
「……面白い店主さんだったわ」
また来てみようと思いつつ、美智子はすぐに気持を改める。
「よし!青山先生に原稿書いてもらわなきゃね!」
そもそもの目的を思い出した美智子は、青山に催促をかけるため、フルールへ向かったのだった。
そして、案の定──。
美智子は、フルールのカウンター席で陣取る青山を見ることになる。
「……そう、そういうことなんだよ。園子マダム!」
「あーー、青山先生の十八番《おはこ》が始まった」
常連客たちが冷やかしている。
どうせ、原稿の催促に追い詰められている。書くつもりなのに、しつこいなどと、愚痴っているのだろう。
いつものことだと美智子は呆れつつ青山へ声をかけた。
とたんに、青山は渋い顔をした。
「いやあ、相澤君。来てたの」
「はい、こちらにおられると思いまして。締切は今日ですよ?まだ、原稿頂いておりませんけど?」
「あっ、あれ?今日だった?」
美智子の言及に、青山はとぼけきる。
「相澤さん。コーヒーでも飲んで行かれたら?」
店主の園子マダムが合いの手を入れた。
四十過ぎに伺える上品に髪を纏めた女店主はどこか青山をかばっているようにも見えた。
「いえ、結構です。仕事中ですから」
美智子は、つっけんどうに答える。
あらと、園子マダムは小さく言った。
仄かにおしろいの香りがした。少し首元を緩めるように衣紋を抜きすぎる園子マダムの着物の着こなしが、美智子は苦手だった。
元は華族に嫁いでいたが、故あって今はカフェを切り盛りしていると常連客は、園子マダムの事を噂した。
そこに乗っかって青山が、女将では色気がないと、園子マダムと呼び始める。それが今では店の常識になっていた。
美智子は、それも気に入らなかった。そんな上流階級の人間が、周りに漂うほどおしろいを叩いて、おまけに、あそこまで衣紋を抜いた着こなしをするのだろうか。どこか、男受けする擦れた姿に、何がマダムだと思っていたのだ。
「あっ、そうだわ!今日は、バームクーヘンが手に入ったのよ。相澤さん、おやつにどう?小腹減ってるんじゃなくて?」
取ってつけたような上品ぶった物言いが、また美智子を逆撫でる。
「結構です」
「おや、相澤君。そんなつれないこと言わないで。せっかくのバームクーヘンじゃないか。園子マダム、頂いてもいいかな?」
甘党の青山が喜んだ。
「……先生。バームクーヘンより、原稿でしょう?」
やんわり釘を指す美智子に、園子マダムが余計なことを言う。
「まあ、そう目くじら立てないで。バームクーヘンいただきましょうよ」
常連客たちも、頷いていた。
この結束も美智子は苦手だった。自分は、単に仕事をこなしているだけだ。なのに、常にこの場所では悪者になる。
何をわかって余計なことをと、美智子は内心苛立つのだった。
「……そこまでおっしゃられるのでしたら。先生が、原稿を書き上げられるまで、コーヒーを飲んでいます。こちらもお商売でしょうし」
「うわ、相澤君。ご機嫌斜めだね」
「……どなたのせいでしょうか?そうだわ。原稿用紙、予備がありますから先生バームクーヘン頂きながら執筆なさればどうですか?」
青山への嫌味が、場の空気を凍らせた。それは、美智子も承知している。しかし仕事なのだ。
ツンとした面持ちで、美智子は常連たちと離れるように店の隅の席に付き、コーヒーを注文した。
コメント
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わあ、第2話、面白かったです!古美術商のジェームズの軽やかな語り口と、その後に訪れるフルールでの緊張感の対比が鮮やかでした。特に園子マダムに対する美智子の内心の苛立ち——「男受けする擦れた姿」という描写に彼女の価値観や立場がよく表れていて、グッと引き込まれました。気前よく差し出された手鏡が、これからどんな意味を持つのか気になります。青山先生との原稿催促のやりとりもリアルで、思わず苦笑い。続きが楽しみです!