ドクター・マレから連絡があったのは、1カ月半も経った頃か。2匹の魔改造手術が終わったから引き取りに来い、ってやつだ。
表向きの仕事を終えて、俺はドクター・マレの元に向かう。斜陽が街を彩る、落ち着いた時間だ。
だがトンネルはいつも通り暗く、いつもの怪しい雰囲気を醸し出している。街の喧騒とトンネルの静寂…………俺は、後者を好むのだが。
扉を開けて、テーブルに向かう。
「よぉ…………魔改造、終わったぜ。」
「詳しく聞かせてくれ。」
「よーし……先ずはこっちの…………名前は?」
ピークは、細い路地に自分を導いた猫を見つめる。野性味溢れる、今にも攻撃して来そうなくらいの、ギロリっと射るような視線をピークに向ける。
「こっちは……ノラだな。」
「よし。じゃ先ずは、ノラからだ。」
ノラは鋭い視線のまま、ピークの足元に寄って来た。
「こいつ、ノラは……聴覚が常軌を逸している。雨粒一つの音から敵の数まで割り出せる化け物さ。
そこで俺は、神経に音響拡張モジュールを繋いだ。壁越しの心拍、呼吸、靴音……全部拾える。
さらに脚部に磁場吸着パッドを埋め込み、垂直の壁でも走れるようにした。
爪はカーボン・ナノブレード。展開すれば、鋼鉄の扉も引き裂ける。」
「だが代償もある。強すぎる聴覚は光と同じだ。閃光弾の代わりに――音響兵器を喰らえば即アウトだ。耳を潰されれば、この猫はただの野良だ。」
ピークは、近くにあるシングルソファーに腰を下ろす。ノラはピークを主人と認めたのだろう。足元に、ピタッと寄り添う。
ピークは軽くノラの喉元を撫で、ゆっくりと微笑んだ。
「そして……こっちの優しそうな方は?」
その猫は手術を受けた後という事もあるのか、また生死を彷徨ったからなのか……元々の性格なのかは不明だが、ちょっとオドオドした顔をして、ピークを見つめている。口元が僅かに開いて「ニャァ……」と言うも音にはならない。
ピークは、この猫を手元に引き寄せて膝の上にゆっくりと乗せた。安心したかのようにおずおずとして鳴こうとしていた擦り寄る猫にピークは、
「こっちは、タマだなぁ……。」
低く囁く。
「タマは……鼻だ。こいつは鼻で世界を見てる。だから嗅覚神経を脳に直結させて、化学センサーと融合させた。
血の匂い、火薬、薬品、女の香水……分子レベルで嗅ぎ分ける。しかも記憶する。
追跡させれば、100キロ先の敵でも辿り着く。」
「さらに嗅覚情報をシンパシーネックで処理して、嘘を嗅ぎ分ける機能もある。
呼吸の乱れ、発汗の匂い……人間が何を考えてるか、匂いでバレるわけだ。」
「だがこれも諸刃の剣だ。強すぎる鼻は、街の排気ガスや血の臭気で簡単にオーバーフローする。
嗅覚暴走が起きれば、狂ったように暴れ出す。」
ピークは改めて魔改造の現実知り心中で驚愕していた。何れ、人間にも装備されて行くのだろう……。その時に人間はどうなっているのか…………」
ピークはドクター・マレに礼を言って、
1人+2匹と帰宅した。
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「The cat’s meow」(英語)
意味:「ザ・キャッツ・ミャオ」とは、英語のスラングで、「最高のもの、素晴らしい人、または非常に優れているもの」を意味する。
直訳すると「猫の鳴き声」だが、特に20世紀初頭にジャズ文化の中で、スタイリッシュで自然な人物や、最先端のおしゃれなものを指す褒め言葉として広まった。
例:「That dress is the cat’s meow.」(そのドレス、最高に素晴らしいね)のように、人や物を称賛する際に使われる。
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