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開かれた扉。
その扉の向こうにいた黄金は、会場にいた皆の視線を一気に集めると、その輝きはより一層増して、彼の周りには金粉が舞っているように見えた。
(綺麗…………)
思わず息をのんだ。
その言葉以外見つけるのが難しくて、きっと綺麗という言葉では表しきれないけれど、次の言葉が出てこないぐらい、私は彼に目を奪われた。視線を奪うとはこのことを言うのだろうと、改めて思いつつ、私はリースに釘付けになる。
ゲームで幾度となく見てきたけれど、そんなのとは比にならないぐらい、本当に言葉では言い表せないぐらい美しくて綺麗で、格好良くて、勇ましいリース・グリューエンがそこにはいた。
この世界に来て、前世で見たこともない美しいものを見続けてきたけれど、私は今目の前にいる彼に勝るものはないと断言出来る程、彼は素敵だった。彼が一歩足を踏み出す度に、その長い脚がすらりと伸び、彼の美しさをより引き立てているように思えた。そして、彼が歩くだけでその周りには花びらが舞うように、キラキラとした光が舞い散っていたように思えた。その光を浴びて、彼の金糸のような髪が煌めいている。シャンデリアの光の反射を受けて、更にその瞳を引き立たせているように思えた。
彼の顔立ちは、整いすぎていて、人間離れしているぐらい、完璧で。
リースの姿見取れすぎていたため、私は皆が頭を下げているのに気づかず、慌てて頭を下げた。何かを探すように動いていたリースの視線は、私をそのルビーの瞳で捉えると、優しく微笑み、足を止めることなく歩いて行く。彼のその行動は、いつも通りなのだが、私は心臓が高鳴って仕方がなかった。
だって、あのリース・グリューエンが私を見てくれていたのだ。私は、自分の頬に手を当てて、熱くなっているのを感じて、今自分が赤面していることを自覚した。
(推し――――! ほんと大好き、何であんなに顔が良いの!?)
ゲームで見るより、断然格好良くて、彼と同じ空気を吸っているのかと思うと、それだけで失神してしまうぐらいで、それで大勢の中から見つけてくれて微笑みかけてくれるなんて、本当に自分がゲームのヒロインになったのではないかと錯覚するぐらいだった。
だが、私の錯覚も高鳴りも一瞬にして現実に戻されることになる。
(違う、彼はリース様であってリース様じゃないのよ)
ぶんぶんと、首を横に振って自分を何とか現実に引き戻していく。どれだけ顔がよかろうが、佇まいがよかろうが推しの中身が元彼であることを私は思いだしたからだ。
これが、ゲームでの初めてのイベントだったから凄く興奮していたのもあるし、期待とかもあったのも事実。オタクとして、このゲームが大好きな一人間としては、そりゃあ本当の現場に立ち会えるなんて夢にも見ていなかったから、嬉しい気持ちで一杯だ。
だけど、今はそう言うわけにはいかない。
私は、深呼吸をして心を落ち着かせてから、もう一度会場の方に目をやる。すると、今度は別の意味で胸がドキドキしてきた。
「何エトワール様緊張しているのよ」
「ひっ、だって、だって……」
とんとリュシオルが私の背中を叩いてきて、私は驚いて声が出なかった。リュシオルは私の耳元で囁きながらクスリと笑った。
彼女は、私が緊張していることに気づいていたようで、少しだけ心配そうな表情をしていた。私はそれに苦笑いを浮かべるしかできなかった。
彼女の言うとおり私は緊張していた。
今日のためにダンスを練習してきて、それでリースと踊ることになるかも知れないのだ。今の時点で、もう心臓がバクバクと煩い。それは、勿論誕生日という特別な日のリースだから普段より一層輝いて見えすぎてそんな人と踊ることになるのかと考えるとそりゃあもう緊張をしないわけがないのだ。
でも、今更逃げられるはずもなく、私はリュシオルに何度も大丈夫よと背中を叩かれた。
皇帝の玉座に着いたリースは、少しだけ疲れたような顔をして、一言だけ。
「今夜は楽しんでくれ」
と、自分の誕生日であるのに素っ気ない、冷たい言葉を吐き捨てた。その言葉を聞いた貴族たちは、少し戸惑いながらも拍手を贈り、おめでとうございますと祝いの言葉を口にしていた。
まあ、貴族達の反応も分からないではないし、主役であるリースがつまらなそうにしていたら場もしけるというものだ。だが、そんな不満を帝国の皇太子にぶつけられるわけもなく、貴族達は、拍手を送り続けていた。リースの株が私のせいで下がっているのは分かるけれど、それでも、たった一人の皇太子を邪険に扱うわけはないし、それが帝国の貴族達なのだろう。
(リース様は感情が顔に出ないタイプだけど、中身が遥輝だからね……)
遥輝の誕生日は一度も祝えたこと、忘れていて祝ったことがないけれど、彼は彼を好きな女子達にたくさんのプレゼントをもらっていた。それはもう、机にのらないぐらい。バレンタインデーだって、大量のチョコレートをもらっていたし。それぐらい人気だったのに、彼は誕生日や行事ごとに祝われてもプレゼントをもらっても嬉しそうなかおをしたことは一度もなかった。もっと言えば、面倒くさそうなかおをして冷めていたというか。
だから、遥輝も今日が自分の誕生日であれ何であれ、きっとそこまで嬉しくないのだろう。
リースは、この日の主役で、この会場で、彼が一番注目を浴びているといっても過言ではない。そして、再注目度人物がつまらなさそうな顔をしているとなれば、皆が不安になるのも仕方がないことだった。
私と違って、人から祝われていた遥輝は祝われる嬉しさを知っている筈なのに……と思いつつ、私も小さくおめでとうございます。と人々に混じって口にした。
それから、暫くして会場には音楽が流れ出し、ダンスの一曲目が始まろうとしていた。私はリュシオルに手を引かれ、貴族達の間を縫ってリースの方へと着々と距離をつめていた。
「ね、ねえ、ほんとに踊らなきゃダメ?」
「そのために練習してきたんでしょ。腹くくりなさいよ」
「でも、あっちは、忘れてるかも知れないし」
屁理屈言わない、とぴしゃりと言われ、私は返す言葉が見当たらなかった。
リースが忘れているなんてこと無いだろう。現に、彼は会場に入ってきた際、私を見つけて微笑んだ。あれは、来てくれたんだという喜びの顔だった。だから、彼が私にお願いしてきたダンスのパートナーの件は確実に覚えていることだろう。
リースに近付いていくほどに、私の心臓は煩いぐらいに鳴っていた。本当に心臓の鼓動が聞えてしまうのではないかと言うぐらいに。それぐらい緊張していたのだ。まさか、本当に踊ることになるとは思わないから。
(だって、中身が元彼でも推しとダンスだよ!? この上ない幸福!)
その気持ちの半分、初めのダンスと言えば注目度ナンバーワンなのだ。位の高い身分のものから踊るのがダンスの1曲目の決まりらしいが、皇太子が選んだ相手、すなわちそれがきっと未来の妃候補と言うことになるのだろう。私は、ダンスのパートナーを頼まれたが、まだ実際には自分がリースに選ばれたわけではないので、緊張する必要はないのだが、それでもやっぱり心臓がドキドキしてしまうのだ。選ばれると思っているから。
そんなことを思いながら歩いていると、いつの間にかリースとの距離が近くなっていた。
私は、ちらりと横目でリースを見やる。リースは私の存在に気づいていないようだった。でも、誰かを探すようにうろうろと視線を動かしているところを見ると、私を探しているに違いないと、自惚れてしまっていた。元彼だから、遥輝だから、私を探している、私を求めていると勝手に心の何処かで思っていた。
だから――――
「皇太子殿下は、一体誰をダンスのパートナーに選ぶのかしら」
「何だか、ドキドキするわ」
「少なくとも、貴方じゃないことは確かよ。だって、この会場には聖女様がいるんですもの」
と、聞えてきた言葉に私は足を止める。
さあぁ……と先ほどの考えが嘘のように引いていくような気がして、私はその後一歩も足を前に踏み出すことは出来なくなった。そうなのだ。
「エトワール様何してるのよ」
「ねえ、矢っ張り私じゃないと思うの」
「え?」
リュシオルは分からないとでも言うように、眉間に皺を寄せた。
私はドレスの裾をギュッと握って、堪えるように彼女を見る。分かってと言うように、視線で訴えれば、リュシオルはため息をついた。
「自信持ちなさいよ」
「……うぅ」
「周りの言葉なんて気にしない」
「でも……」
「リース殿下は貴方の事を選んでくれるから」
と。優しい言葉をかけてくれる。でも、ちっとも心が温かくなった気はしなかった。
何だか嫌な胸騒ぎがした。安心できなかった。
私は、ただそうだね。と返すことしかできなくて、不格好な笑みを浮べることでどうにか自分を保とうとした。
すると、それと同時にわぁああ! っと、会場全体が盛り上がる。どうやら、リースが最初のダンスのパートナーを選びに、パートナーの元に歩いて行くようだった。
(まさか……ね)
そんな事あるわけがない。そう言い聞かせても、何故か不安は拭えなかった。こういう時の嫌な予感というのは的中するもので、私の視界は一気に真っ暗になった。
リースがダンスのパートナーに選んだのは、私ではなかったからだ。
「え……私、ですか。どう、して?」
リースに手を差し出されていたのは、蜂蜜色の髪を持つ本物のヒロインだった。