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14 - 【第14話】 動き出す想い①(秋穂芙弓・談)

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2025年04月23日

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人は皆『日常』という存在を軽視しがちだと私は思う。最初は『幸せだ』と思っていたはずの環境や生活も、そんな日々が続き、いつしか『日常』と呼ばれるモノになった瞬間その大事さを忘れてしまう。……そしてその大事さを思い出すのはいつも、それを失った時だ。


『当たり前』

『当然』


そんなモノ、本当は存在もしないのに、ほとんどの人はその事に気が付いていないんだ——




夕暮れ近く。

二階の奥にある仕事部屋に一人で居ると時間の流れというものが分からなくなる事がある。今もこうやって、室内に一つだけある窓から入る夕陽がこの部屋をオレンジ色に染めなければきっと、私は『時間』の存在などすっかり忘れていただろう。


(むしろ、本当に忘れてしまう事が出来ればどんなにいいか)


ふと、そんな事を考えながら私は部屋の中を軽く見渡してみた。縦長な作りになっている十畳程の部屋を『仕事部屋として使う』と決めた日から一度も片づけをしていない此処は雑多に物が散乱していて足の踏み場も無い程に散らかっている。壁には天井まで届きそうな程の高さがある棚が一面にずらりと並び、壁紙の姿は上に数センチが見えている程度で、その棚の中には人形を作る為の材料や道具が私的に分かり易い様に収納されており、余っている隙間が殆ど無い。

棚の前には小さな椅子やテーブル、籠、箱といった収納具の類が無造作に置かれていて、中には完成・未完成を関係なく、人形達を多数詰め込んでいて軽くホラー映画みたいだ。

秋穂一家の人形を愛する人達が見たら卒倒する様な扱いを私にされてる人形達だが、それでも私はこの人形達が好きだ。


だって、それらは全て、私が一心に全てを注ぎ、この手で生み出した大事な子供達なのだから。


生まれてからずっと、それらはまるで空気の様に、両親よりも長く私の傍に存在していたのだから私がそう思うのは当然の事だろう。

私の生家は古い神社で、人形供養で有名な場所だったらしい。秋穂家とは遠い親戚関係で、人形作りを生業とする彼等とは常日頃から交流があったという。

養父となってくれた秋穂師匠とも私が生まれてすぐの頃から交流があったおかげで、両親が事故で他界して彼が私を引き取ってくれた時も、なんの抵抗も無く彼を義父として慕う事が出来た。


たとえその理由と目的が私の『この手』であったとしても、そんな事はどうでもよかった。

『この手』があるおかげで親戚の間をたらい回しにされずに済んだのだから。


生まれてすぐ実の両親に『この手』を与えられ、息をする事が当たり前である様に、私には『この手』が『当たり前』にあるモノだと思っていた。でもまさかその『当たり前』のせいで、自分の心が壊れそうな想いをする日が来るだなんて子供の頃は考えてもいなかったっけ……。


——大事な子供達が大量に並ぶ部屋の中に居ると、そんな昔の自分を思い出す。


時間の流れを忘れてしまうから、時間も難なく過去へと戻ってしまう。

頭の中で、この部屋の様に、雑多に並ぶ記憶を何度も反芻してしまう。

その時の感覚、感情、感触——色々な思念が私の中で騒ぎ、暴れる。


だけど、自身の中で感じるソレを何処かへぶつける訳にもいかずに私は、お気に入りの作業用椅子の上で体育座りをし、細い両脚をギュッと抱き締めた。


……そのまましばらくすると、自分の中で少しだけ何かが暴れる感覚が静まっていくのを感じ、私は重たい頭を持ち上げた。視線だけを窓の方に動かし、心が求めるがまま、そこにあるモノに対して目を向ける。


金色に光り輝く、真昼の太陽にも似た色の髪を持つ人形の座る椅子が一つ、そこにはある。


私は、まだ少し虚ろな目でソレをじっと見詰め始めた。木製の揺り椅子に座る金髪の人形は大人と変わらぬ程の身の丈があり、自己管理不足と栄養不足とが重なったせいで大きく成長する事が出来なかった私よりもずっと大きい。不自然さの無い白い肌に、インターネットで購入したネイビーカラーのスーツを身に纏っている『ソレ』はきっと、後ろから見れば誰でも『人間』が此処に座っていると思ってくれる仕上がりだと思う。


だが、正面から見れば即座に『ソレ』が所詮は作り物の『お人形』である事は一目瞭然だった。


何故ならその人形には『目』と言えるものが『あるべき場所』に無いからだ。鼻や口はあるものの、目の当たりだけがのっぺりとしている。眼球は中に埋め込んであるのに、瞼となり、開くはずの肌が完全に顔肌と一体になっているのでナイフでその部分を切りでもしない限りは瞳を見る事が出来ない。


妖怪図鑑に出てくる『のっぺらぼう』に少し近い顔面をした人形。


未完成故にそうなっている訳ではなく、私にとってはこの姿が『彼』の完成された姿なので、『彼』の瞳に光りを与える事はきっと一生無いだろう。


抱えた膝ごと軽く体を揺らし、夕陽に染まる部屋の中で目の無い人形を見ている私の様子はきっと、他人の目には異様な光景に映るんだろうなぁと少し思った。

揺れる体を止めて椅子から降りる。この部屋に入る前に決めたはずの事を、やっと私は実行に移す気になれてきたからだ。

言葉を発する事無く金髪の人形に歩み寄ると、私はゆっくりとした動きで、入浴以外では外す事を禁じてきた手袋を外し、それを手近にあった棚の上に置いた。


ドクンッドクンッドクンッ——


と、心音が徐々に跳ね上がっていくのを感じる。自らに課してきた禁忌を犯そうとしているせいか、手が少し震えてきた。正直怖い……。自分がこれからおこなう行為が、どういった結果を生むのか想像もつかない。別の人形ならばそんなに緊張しないで済むだろうに、この人形だけは不安で堪らない。だけど、それでも私は、レースのカーテン越しに窓枠へ左手を移し、右手は金糸の髪を持つ『彼』の方へとそっと伸ばしていく。


今までは絶対に無理だった。

でも、今なら出来る。

『思念』が足りないかもしれないけど、きっと少しの間だけならば——


小さな私の手が、そっと白い人形の肌に触れた瞬間、家に残っていた『残留思念』が私の体を駆け巡り、己の両の手に彫られた、空を飛ぶ龍の様な刺青しせいが蒼く光り始めた。体を走る情報量は予想よりも意外に多く、私はそれを少しも読み取る事が出来ないまま、全身を襲う痛みに耐える。


(父母がくれた唯一の贈り物を、まさかこんな事に使うなんて……)


痛みに耐えながらふと思ったが、宮務めをしている訳でもない私には、『この手』の使い道などもう他には無い。前回の様に欲に目が眩んでやってしまっている訳ではない分、きっと少しはマシだろう……などと、くだらない言い訳を考えて痛みから気を逸らしていると、急に身体が軽くなり、一切の痛みが消えた。——家に残っていた『彼』の 残思を人形へ移す作業が終わったのだ。

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