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◆◇◆◇
一年前、凍えるような寒さの中
雨に濡れた大きなダンボールの中で丸まっていた僕を拾ってくれたのは、彼だった。
「おいで」と差し出された大きな手。
あの時から、僕は彼の「飼い猫」で、いつの間にか「恋人」にもなっていた。
僕の名前は愛。僕の恋人、守谷彰人くんが付けてくれた名前で、愛くんと呼ばれ愛してもらっている。
獣人と人間が共存するこの世界において
この耳と尻尾は、僕が猫兼人間であるという証拠。
そんな僕にとって、今日はどうしても頑張りたい日だった。
「…うわ…また、焦げちゃった」
キッチンに広がるのは、甘い香りとは程遠い、苦くて焦げ臭い匂い。
チョコレートが大好きな彼のために、手作りのチョコをプレゼントしたかった。
猫の姿だった頃は食べられなかったチョコも、今の体なら一緒に味わえる。
それに、あきくんはチョコレートが大好きだ。
だからこそ、最高に美味しいものを食べてほしかったのに。
不器用な手つきで何度もやり直して、ようやく形になったチョコレートを、帰宅した彼に皿に乗せて差し出す。
「…あきくん!これ、バレンタインのチョコレート作ってみたんだ。口に合うか分からないけど、よかったら、食べてみて欲しくて…っ」
彼は「え?!作ってくれたんですか…!」と少し驚いた顔をしてから、僕が頷くと、すぐに優しく微笑んで、一粒口に運んでくれた。
噛み砕く音が、静かなリビングに響く。
「…ん!うん、おいしいね。愛くんすごいよ、手作りできるなんて」
彼はそう言うが、飲み込む時に一瞬だけ眉が寄ったのを、僕は見逃さなかった。
(…なんか反応悪い?かも。目は笑ってるけど…食べづらそうな顔してるし)
「ねえ、あきくん?本当は…美味しく、ない…よね。無理しなくていいよ、僕も何回も頑張ったんだけど…上手くできなくて…っ、ご、ごめんね」
視界がじわじわと熱くなる。
いつもならピンと立っている僕の耳は、情けなくぺたんと伏せられ、自信なさげに下がってしまった。
彼の期待に応えたかったのに、幸せにしたかったのに。
「新しいチョコレート、市販の買ってこようか……?」
情けなくて、申し訳なくて。
ポタポタと溢れそうになる涙を堪えながら彼を見上げると、彼は僕の頬を大きな掌で包み込んだ。
「いいや。んー…ちょっと苦くはあるけどね。美味しいですよ、俺、ビターな感じも好きですから♪」
「……っ、え、でも…っ」
「それに……こんなに可愛い猫ちゃんが、僕のために一生懸命チョコを作ってくれたんです。僕にとっては、これが世界で一番最高のチョコレートですよ」
そう言って、彼は僕の伏せられた耳の付け根を、ゆっくりと、愛おしそうによしよしと撫でてくれた。
「だから、そんなに悲しい顔をしないで…?」
「うん…あきくん…っ…ありがとう」
その指先の熱が心地よくて、喉の奥からゴロゴロと甘えた音が漏れてしまいそうになる。彼の太い腕の中で、大きな身体に擦り寄る。
ああ、やっぱり、こうされると、ダメだ。
「これからずっと、一緒にいるんだから……。チョコレート、今年は失敗しちゃったって思うなら、来年は二人で一緒に作りましょう?」
「……うん、……うん……っ、あきくん、大好き……」
今年はダメだったけど、来年は二人で、もっと美味しいチョコレートを作る。
僕のチョコレートを、本当に美味しそうに食べてくれる彼と一緒に、特別な日を迎える。
これからずっと、何度でも。
「ありがとう、愛くん。僕も愛してますよ」
彼の温かい体温を感じながら、僕は固くなったままだった口元を緩めて、彼にぎゅうっと抱きついた。
「ふふ…愛くん、しっぽがピーンってなってますよ…?」
「……だって、嬉しくて……っ」
僕はいつのまにか尻尾をピンと立ててあきくんに体をスリスリしていた。
「もう、可愛いんですから……ほら、ベッド行きましょ」
寝室のドアを開けると、ふわりと柔らかい光が部屋を満たしていた。大きなダブルベッドの上で、僕は期待が入り混じった気持ちでゴロンと仰向けに寝転んだ。
天井を見つめる僕の視界に、影が差す。あきくんがそっと覆いかぶさるように横たわる。彼の長い睫毛が、穏やかな吐息と共に僕の額をくすぐる。
「……愛くん…」
耳元で囁かれる声が、痺れるように甘い。思わず耳がピクッと動く。そのまま首筋に唇が触れた瞬間、全身の産毛が逆立ちそうになる。
「ん……っ」
小さな声が漏れてしまった。恥ずかしさに耳が赤くなるのが自分でもわかる。無意識にシーツを足で蹴ってしまう。
あきくんの指がゆっくりと僕の髪を梳く。その優しい動きに誘われるように、体が自然と弛緩していく。背中を撫でられる感触が心地よくて、喉の奥からゴロゴロと音が鳴り始めてしまって、恥ずかしくなる。
「可愛い……気持ちよさそうですね」
彼が小さく笑う。その表情さえも愛おしい。
すると彼は「もっと、気持ち良くして寝させてあげますね」と言ったかと思うと起き上がり
「愛くん、うつ伏せになれますか?」
「うつ伏せ……? どうして?」
「猫さんによく効く、良いことをしてあげますから」
なんだろう?と不思議に思いつつも、あきくんに言われた通りにうつ伏せになって枕に頭を預ける。
すると突然、あきくんの大きな手が僕のお尻に触れた。トン、トン……とリズミカルに叩かれる感覚。
「ん……っ?」
それはまさに「おしりとんとん」だった。
猫として暮らしていた頃、この行為があまりにも心地よくて、いつの間にか大好きな習慣になっていたもの。
今の人間の体でも、触れられると全身が脱力するようにフニャリと溶けてしまう。
「あ……ぁ…気持ちぃ……」
思わず漏れてしまった言葉に自分で驚く。
でも止められない。