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それから「袴田シオン」と桜子の再会は意外なほど早くやってきた
「あの虹の彼方へ」の映画が公開されると、いよいよ映画公開キャンペーンが本格化していた
大規模な映画祭への参加はもちろんのこと、出演する俳優達は単独で日本全国各地の映画館へと続々と送り込まれていく
使えるものは何でも使えが「フルマックス」の流儀で、そして原作者である桜子もまた例外ではなかった
その日、桜子は単身で「あの虹」の原作者サイン会として地方都市の映画館を訪れていた
新幹線の駅から近い、スーパーが隣接した商業施設の中の映画館である、新幹線の駅を降りるとそこは地方都市らしい昭和な街並みだった
こんな所なのでサイン会の参加者を控えめな期待しか抱いていなかった桜子は、会場に着いて目を疑った
映画館のロビー前には、実写版の「あの虹」の等身大パネルが立ち、その前には桜子の著書が山のように積み上げられている、そして長蛇の人の列ができていた、列はロビーを折り返して商業施設の通路にまで伸びている
―こんな地方なのに沢山来てくれてありがたいな・・・―
思わず胸の奥が熱くなる、会議用の長テーブルに桜子が腰を下ろすと、向かい側に映画館の若いスタッフが三人並んだ、流れ作業の段取りはすでに出来上がっているようだった
一人目は、列の先頭でお客さんから本を受け取り、二人目が桜子が書きやすいように本のページを開いたままに押さえてくれている、桜子は客と一言二言交わしながら素早くサインしていく
最初のお客さんは制服姿の女子高生だった、両手で本を抱えて緊張で顔を真っ赤にしている
「あっ、あの、アニメも見てます! 毎日、十五秒のボイスドラマも聞いてました!」
「ありがとう、嬉しいわ、お名前は『ミホさん』ね」
名前を確かめながら笑顔で桜子はペンを走らせる、美木桜子と署名して、その下に小さく桜の花びらを一枚描き添えた
「うわあ、桜だ! 一生大切にします!」
「気をつけて帰ってね」
次は、会社帰りらしいスーツ姿の女性、その次は小さな子どもの手を引いた若い母親、それから杖をついたおばあさん、仲良く連れ立った大学生の二人組、一人で来た中年の男性は出演者の女優のアクスタにサインしてくれとせがまれた
「はい、来てくれてありがとう」
「へえ、それはいいね」
「本当?それはすごい」
「あなたも執筆してるの? 頑張ってね」
そんな言葉を波のように寄せては返し、一時間が過ぎる頃には、桜子の顔の筋肉は笑顔のまま固まり、顎が引きつりはじめた
そして、いつしか目の前の顔がすべて同じに見え始めた頃、疲れを笑顔の下に押し込んで桜子は最後の一人まで丁寧にサインを書き続けた
「以上でサイン会を終了いたします、美木先生、ありがとうございました!」
スタッフの声とまばらな拍手が響いた時、桜子は笑顔で挨拶をし、安堵と解放感が全身に広がった
―ふぅ~終わった・・・―
荷物を肩にかけ、エスカレーターで階下へ向かうと、そのフロアの一角にある小さな書店に目が止まった、足を踏み入れた瞬間に、桜子は嬉しくなって微笑んだ
入口の一番目立つ平台の上には、桜子の著書が堂々と積み上げられていた、そして本と本の間に建てられている手書きのポップスタンドにも目が止まった
―驚愕! 今世紀最大の大どんでん返し!―
カラフルな手書きの丸文字が桜子の目を射抜き、その下にはびっしりと小さな文字が続いている
―これほどの展開を今まで見たことがあろうか、この一冊は読む人の人生を変える、読み終えた夜私は眠れなかった―
そのポップには本を褒め称える言葉が愛情たっぷりに綴られていた、あきらかにこの書店には「あの虹」のファンがいる
桜子の胸がじわりと温かくなった、ネットの向こうで浴びせられる顔の見えない言葉とはまるで違う、これを書いた人は本当にこの本を好きでいてくれるのだ、そのことが文字の一画一画から伝わってきた
その時、桜子の後ろの方から「うわぁっ!!」という、素っ頓狂な声が聞こえた、それと同時に何かが落ちるバサバサという音も続いた
不思議に思って桜子が振り返ると、そこには緑色の書店のエプロンをつけた青年が立ち尽くしていた
足もとには手から落とした文庫本が数冊散らばっていた、ボサボサの・・・相変わらずの癖のある黒髪・・・ひょろりと細い体・・・そして、前髪の隙間から覗く見覚えのある、澄んだ瞳・・・
その青年は袴田シオンだった
コメント
2件
えー🤭恋が始まっちゃう?!
読み終えました。サイン会の描写、すごく臨場感があって、疲れながらも一人ひとりに丁寧に対応する桜子の姿が浮かびました。そして何より、あの書店のスタッフが書いた手書きPOPの熱量!「人生を変える」「眠れなかった」——本当に好きで書いてる人の言葉だなあと胸が温かくなりました。最後のシオン登場、「うわぁっ!」で一気に空気が変わって続きが気になります。二人の再会、どう転ぶんだろう。