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白山小梅
12
#借金
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静かな朝だった。いつもはお喋りな七香の口数が珍しく少なく、相槌を打つはずの昴も、彼女が話さないので黙っている一方だった。
私が憂鬱な理由を昴くんはきっと気付いているはず。そしてそんなの態度を見てどう思っただろうーー何も感じていないか、それとも彼と上手くいけばいいとでも思っただろうか。もし後者だったらと思うと怖くなった。
岩田と鉢合わせた時、昴に彼のことを知られたくなくて慌ててその場を離れた。それは昴に変な誤解をされて背中を押されたくなかったから。もし応援されたりしたら、その場で号泣したかもしれない。
出社してからも時計ばかり気にしては、ため息が溢れる。
「七香」
「なぁに?」
「今のでため息五十回目」
珠姫がパソコンの方を向いたまま、ポツリと呟いたものだから、七香は驚いて飛び上がった。
「えっ、嘘っ⁈ そんなにしてた?」
「出社してからって考えると、起きてから一体何回ため息をついているんだか」
「うー、ごめん……」
しょんぼりと下を向くと、珠姫の力強い平手打ちが背中に飛んでくる。
「仕事中だよ、もう少し気合い入れて」
「はーい」
「それに何を考え込んでいるのか知らないけど、今日はご飯を食べるだけでしょ? とりあえず笑顔で奢ってもらってきなさい」
「だって会話が続く気がしないー」
「そんなの、誘ってきた男に任せればいいでしょ。七香は誘いに仕方なく乗っただけなんだから、話したくなきゃ黙って食べていればいい。七香はご飯を食べるだけ。それ以上でもそれ以下でもない。そして食べたらすぐに戻ってくればいいじゃない」
珠姫が七香の心を軽くしようとしてくれていることが伝わって、ほっこりと胸が温かくなった。
「……そうだね。私、ご飯を食べに行ってくる。それで食べたらすぐに帰る」
「そうそう。その意気だよ」
「あっ、そう考えたらちょっと心が軽くなったかも」
「あまり気負わずにね。でもさ、そこまで嫌がる七香も不思議だけど」
「じゃあ珠姫、ほとんど喋ったことのない、他の部署の男性に食事に誘われたら嬉しい? しかもほぼ強引に約束を取り付けられたらどう思う?」
「嫌だわ。断固拒否。ドタキャンしてやる」
「ほら、珠姫だって同じじゃない」
「あぁ、本当だ。でも七香にはもっと別の理由もありそうだけど……と思ったら、岩田さんのお出ましだよ」
七香の背後に珠姫は視線を向けた。振り返るとそこには岩田が笑顔で立っていた。
とりあえず岩田に笑顔を向けてから、再び珠姫の方に向き直る。
「よし、じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい。早く帰っておいで」
「うん、ありがとう」
岩田に見えないようにこっそりとガッツポーズをすると、財布とスマホを持って彼の元へ向かった。
「お待たせしました」
「全然待ってないよ。今来たところ。さぁ行こうか」
なるべく岩田と距離をとりながらエレベーターに乗り込み、店までの道は七香が先導しながら歩いていく。普段なら珠姫とお喋りをしながらのんびりと歩く道程も、今日は最短時間で済むように早足で駆け抜けた。そのため、店に到着する頃には、二人とも汗だくになっていた。
ただその甲斐もあり、残っていた最後の一席に座ることが出来たので、十分な理由付けにもなった。
店内はエアコンが効いており、まだ本格的な夏は到来していないものの、ここまで走り抜けてきた二人にはちょうど良い温度に感じる。
「おすすめはやっぱりオムライス?」
「私は好きですが、ハンバーグも美味しいですよ」
「なるほど。でもせっかくだから、オムライスにしようかな」
「私もそうします」
二人はオムライスとアイスコーヒーを頼むと、ホッとしたように笑い合った。
「島波さんのおすすめのお店だから、楽しみにしてたんだ」
「気に入ってくださればいいんですが……」
「ここに来るまで、三ヶ月近くかかったしね」
「……なかなか、タイミングが合わなくてすみませんでした」
何か含みのある言い方に心がもやもやしたが、とりあえず笑って誤魔化す。
「最近は仕事はどう? だいぶ慣れた?」
「はい、ミスも少なくなってきたように思います」
「それは良かったね。経理部は毎年配属があるわけじゃないからね、大変だと思うけど頑張って」
「……ありがとうございます」
当たり障りのない会話が続いていると、二人の元にアイスコーヒーが届き、ガムシロップとミルクを入れている間にしばしの沈黙が生まれる。
グラスにストローをさし、かき混ぜながら氷の動きを目で追っていると、一分一秒が長く感じられた。
「単刀直入に聞くけど、島波さんって付き合ってる人はいる?」
沈黙を破るように岩田が口を開くと、七香の手がピタッと止まった。これは昨夜のことを聞いているのだろうか。昴が恋人なのかどうか確認されているように感じられた。
珠姫に言われたように嘘をつくのが一番なのかもしれないが、それでは早紀のことが好きな昴の気持ちを蔑ろにするような気がして嫌だった。
「……いません」
顔を上げると、岩田が真っ直ぐに七香を見つめていた。
「今は仕事が忙しいので、恋人を作るつもりはありません」
すると岩田はクスクスと笑い出す。
「おや、牽制されてしまったようだ」
否定はしなかった。もちろんその意味も込めて発した言葉だったから。