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「本当にすみませんでした」
「……面接は火曜日の14時からと電話でしっかりお伝えしたつもりだったのですがね。聞き間違えたとしても、学苑が休みである土曜日に行うなんておかしいと思わなかったのですか?」
「いや……そういう事もあるかもと、全く疑問に思ってませんでした」
正直に自分の意見を伝えると、目の前の男……結城は盛大にため息を吐いた。まさか『火曜日』を『土曜日』と聞き間違えるなんてな。不幸中の幸いだったのは本来の面接が来週の火曜日だったことだけど、これはもうダメかな。せっかく見つけた良い仕事だったのに……
玖路斗学苑用務員募集要項――――
1.業務内容……敷地内の清掃など、環境整備業務。簡単な施設設備修繕。
2.学歴、資格など要件……なし。
3.試験方法……書類審査、個人面接。
4.勤務条件……勤務時間 8:00時〜17:00時。勤務日数 週5日。休日 土日、祝日、年末年始。
求人情報の一部が頭の中を過ぎった。玖路斗学苑は国内に唯一存在する魔道士育成専門学校。かなり特殊な学校であるが、用務員に特別な資格は必要無い。現在無職で早急に働き口を見つけなければならない俺は、迷う事なく申し込んだ。他の同じような職種と比べて給料が圧倒的に良かったのも理由のひとつだった。さすが名門校だ。
面接を受ける事が決まってから知ったのだけど、玖路斗学苑関係の求人はかなり人気なのだそうだ。この用務員募集にしても、定員は3名程度であるのに対して数十倍近い申し込みがあったらしい。更に驚いたことに、希望者の8割以上が女性なのだという。
業務内容や勤務条件に関しては特に目立って特別なことはない。一般的な学校の用務員と変わらないと思う。俺は体力にそこそこ自信があるからいいけど、それなりに力仕事もあるだろう。給料が良いというのは相当魅力的だが……それを踏まえたとしても、女性に人気というのは首を傾げてしまう。
多少気になる所はあれど、それほどまでに人気なのだとしたら面接する側も大変なはずだ。ある程度は書類審査で篩に掛けているとはいえ、募集人数の数十倍となると下手をしたら100近い申し込みがあるという事になる。
改めて自分の失敗を悔やんだ。そんな倍率の高い仕事に面接まで漕ぎ着けたというのに、どうして俺は面接日を間違えてしまったのか――――
「――――泉宮さん……泉宮亮さん、聞いてますか?」
「えっ? あ、はい」
「面接は当初の予定通り、火曜日の14時から行います。次は間違えないようにして下さいね」
「……俺、面接させて貰えるんですか?」
「相手側が内容をきちんと理解しているか確認を怠ったこちらにも落ち度はあります。特別ですよ」
「は、はい!! 分かりました。この度は……ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした!! それと、ありがとうございます!!」
結城さんは笑っていた。とっつきにくそうだと思っていたが、案外融通の効く優しい人なのかもしれない。不採用確定だと諦めていたのに……どうやら神は俺を見放してはいなかった。とりあえず面接は受けさせて貰えそうで、ほっと胸を撫で下ろす。
「元気がいいですね、泉宮さん。とても良いことですよ」
「唯一の取り柄みたいなものなので……」
和やかな雰囲気で俺と結城さんは廊下を進んでいく。一時はどうなることかと思ったけど本当に良かった。安心したら体から力が抜けていくのを感じる。まるで一山越したような気分だ。まだ採用が決まったわけではないというのに……我ながら呑気なものだな。
そんな腑抜け状態だったからだろうか。注意力が散漫になっていたのは否めない。向かって左側の通路から人が飛び出してくるのに気付かなかったのだから。
「いてっ……!?」
体全体に衝撃が走った。何かが勢いよく自分にぶつかってきたのだ。バランスを崩してよろめいた体を立て直すと、目の前には自分と同じ状況に陥ったと思しき人物がひとり……
「すみません、前をよく見ていなくて……」
俺にぶつかったのは若い女性だった。転倒こそしていなかったけど、体格差からして相当な衝撃を受けたに違いない。どこかに怪我でもしていたら大変だ。俺は女性に声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
女性は落ち着いた上品な身なりをしていた。もしかしてここの学苑の生徒だろうか。俯いていて表情はよく見えない。まさか、痛くて泣いているのか? 心配になった俺は、その後も何度か呼びかけてみるも、女性が応えてくれることはなかった。
「結城さん、どうしよう。この子何も言ってくれないんだけど……」
いよいよ焦った俺は隣にいる結城に助けを求めた。彼ならこの状況に対して適切な判断をしてくれることを期待して……しかし、その期待は脆くも崩れることになる。
「ちょっと……結城さん。どうしたんですか?」
結城はその場で立ちすくんでいた。女性と同様に俺の呼びかけに応えてくれない。いや、下手をしたら女性の状態よりも深刻に見えた。結城の様子は、まるで恐ろしいものにでも遭遇したみたいだったから。
全くもって意味がわからない。なんなんだよ、この状況。俺は酷く困惑している。そんな俺に対して追い討ちをかけるような出来事はさらに続いていくのだった。
「あれ? 嘘だろ。いない」
女性がいなくなっていた。結城の方に意識を向けていたのは、ほんの数十秒程度だったと思う。この僅かな間で女性はこの場から姿を消してしまう。結局俺に対してひと言も喋らないまま終わってしまった。
「なんだったんだよ……一体」