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「“魔性の男”山中先輩、知ってるか?」
「男好きらしいぞ」
「一回目が合ったけどさ……吸い込まれそうで怖かった」
そんな噂、どうでもよかった。
振り返れば、俺の人生は空っぽだった。
生まれてすぐ親はいなくなった。
親戚はただ住む場所を与えただけ。
愛されたこともなければ、愛したこともない。
(愛って、なんだ)
それが知りたくて、男と関わったこともある。
でも返ってきたのは——
欲望まみれの、気持ち悪い視線だった。
教室にいると、いつも同じ視線に囲まれる。
だから俺は、逃げるように屋上へ向かった。
人が来ない場所。
静かで、誰も見てこない場所。
5月なのに、やけに暑い。
「……まぶしいな」
フェンスもない屋上の端から校庭を見下ろす。
下では、楽しそうにサッカーをしている連中。
それを見て騒ぐ女子たち。
全部、遠い世界だった。
(まぶしい)
昔からそうだった。
この見た目のせいで、まともに扱われたことがない。
女に間違えられて女児用の服を押し付けられたり、
友達なんてできたこともない。
気づけば、どこにも居場所がなかった。
空を、白い鳥が二羽横切る。
(……いいな)
もし好きな人ができたら、
その人と自由に飛べたら——
「……くだらねぇ」
そんなもの、あるわけない。
「……もういいか」
ぽつりと呟く。
このまま終われば、全部楽になる。
屋上の端に立つ。
不思議と怖くはなかった。
それよりも——
(やっと終われる)
その解放感の方が大きかった。
「さようなら!!今までの俺!!」
叫んで、踏み出す。
——その瞬間。
「待て、山中!!!」
強い力で腕を引かれ、体が引き戻される。
床に倒れ込む。
息が詰まる。
目の前にいたのは——
「佐野先せ……」
「バカ!!!!!」
怒鳴り声。
思わず肩が跳ねる。
次の瞬間、
強く抱きしめられた。
離れられないくらい、強く。
苦しいのに——
(……あったかい)
なぜか、離れたくなかった。
「……っ、離して…」
言葉とは裏腹に、力は抜けていた。
「離すわけねぇだろ」
低い声。
「お前、今何しようとしたか分かってんのか?」
「……別に」
「“別に”で済むかよ!」
反射でびくっと体が揺れる。
腕は緩まない。
むしろ強くなる。
「死のうとしたんだぞ」
「……死んでないですし」
「そういう問題じゃねぇ」
沈黙。
そのあと、少しだけ声のトーンが落ちる。
「……怖かったんだよ」
「……え」
「目の前で生徒が消えそうになって」
その言葉に、思考が止まる。
(怖かった…?俺が消えそうになって?)
そんなふうに思われたことがない。
「……なんで」
「は?」
「なんでそこまで…」
「……知らねぇよ」
少しだけ笑う気配。
「放っておけない、山中のこと」
その言葉が、やけに残る。
胸の奥に沈む。
キーンコーンカーンコーン…
良くも悪くもこの甘酸っぱい変な空気を壊してくれたチャイムに笑いそうになる。
「……教室、戻るぞ」
手首を掴まれる。
その手は離れない。
俺は特に抵抗しなかった。
(あったかい)
その日から、
“何もない世界”に、ひとつだけ色がついた。
佐野side
俺の人生は、中の上くらいだと思う。
顔もそこそこ、運動も勉強も人並み以上。
特別努力しなくても、大抵のことはうまくいった。
困ったことなんて、ほとんどない。
苦労から逃げてきたわけじゃない。
ただ苦労の方が、俺を避けて通ってきただけだ。
だから正直、将来の夢なんてものもなかった。
ただ一つ思い出したのが、恩師の塩﨑先生だ。
あの人は、俺みたいなやつにも真正面から向き合ってきた。
適当に生きてても、それを見透かしてくるような人だった。
(ああいう大人もいるのか)
それだけの理由で、俺は教師になった。
教育実習も、採用も、全部順調だった。
そして春。
俺はこの高校に赴任した。
担当は数学。
初日の授業から手応えはあった。
女子は分かりやすく好意的で、
男子とも適当にふざければ距離は縮まる。
いつも通り。
(まあ、こんなもんだろ)
そう思っていた。
——あいつを見るまでは。
山中柔太朗。
最初の授業から、ずっと机に伏していた。
やる気がない生徒なんて珍しくもない。
でも、どこか違った。
ようやく顔を上げたと思えば、
黒板でもなく、俺でもなく、窓の外を見ている。
まるで——
“ここにいない”みたいに。
(……なんだあれ)
目が離せなかった。
整った顔立ち。
いわゆる“美少年”ってやつなんだろう。
でも、そんな表面的なものじゃない。
もっと危うい。
触れたら壊れそうで、
でも放っておいたら、本当に消えそうな——
そんな空気。
そのとき、不意に思い出した。
塩﨑先生に言われた言葉。
『一番手を伸ばさなきゃいけないのはな、声を出さないやつだ。』
「……は」
思わず小さく笑う。
(厄介なの見つけたな)
でも同時に、妙に納得していた。
今までの人生、何も引っかからなかった俺が初めて、引っかかった。
授業の終わり際。
もう一度だけ、あいつを見る。
相変わらず外を見ている。
俺のことなんて、最初から最後まで一度も見てない。
普通なら腹が立つところだ。
でも、
(……だからか)
むしろ、興味が湧いた。
「山中」
名前を呼ぶ。
初めて、こっちを見た。
その瞬間——
ぞくっとした。
綺麗なのに、何もない目。
感情が抜け落ちたみたいな空っぽ。
(ああ、これだ)
確信する。
こいつは放っておいたらまずい。
理由なんて、後付けでいい。
「ちゃんと起きろー」
軽く言う。
あいつは一瞬だけ間を置いて、
「……聞いてます」
小さく返した。
たったそれだけなのに、
妙に満たされた気がした。
(……面白い)
このときは、まだ分かってなかった。
これは“気まぐれ”なんかじゃない。
もっと面倒で、
もっと深いものになるってことを。
(なんで気になるか、なんて簡単だ)
あいつは、
昔の俺に似てる。
——誰にも見つけてもらえなかった頃の、俺に。
だから今度は、俺が見つける番だ。
——逃がすつもりはない。
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今回はさんぱち(🩷🤍)です!
さんぱちの初々しくてお互い気にしいな感じがたまんないんですよ笑
多分ハピエンになる予定です!
過去一の文字数……😳
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