テラーノベル
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「この争いは、防ぐことができなかったのでしょうか。」
レイラはハーロルトに問いかけた。蝋燭の火が2人の横顔を照らし、その瞳の奥にわずかな揺らめきを映している。
「……あの頃は、誰も止められなかった。」
ハーロルトは低く、かすれる声で答えた。
「誰もが“正義”を掲げ、誰もが相手を悪だと決めつけていた。内戦が始まった原因など、今となっては誰にも分からない。」
ハーロルトの視線がレイラに向けられる。レイラの瞳は蝋燭の灯に照らされ、淡い橙色の光を湛えていた。
「父は、自分の信じる“正義”のために戦ったのだと思います。けれど、その正義が誰かを傷つけていたのなら……私は、どう受け止めればいいのか分からなくなるんです。」
ただ、静かに、深く響いた。ハーロルトはしばらく言葉を失っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……私も、ずっと同じことを考えていた。何が正しくて、何が間違っていたのか。勝者として生き残っても、答えはどこにもなかった。」
レイラはそっと視線を落とした。
「それでも、あなたは生きている。生きて、今もこの国を見つめている。」
ハーロルトは少しだけ目を細めた。
「生きていることが、赦される理由にはならない。」
「でも、生きていることが、誰かを救う理由になるかもしれません。」
レイラの言葉に、ハーロルトは息を呑んだ。その瞳に宿る真っ直ぐな光が、長い闇の中に一筋の道を照らしたように思えた。
「……レイラ。」
呼びかける声が、どこか脆く、優しかった。
「私、誰かのことを憎むのはやめました。」
レイラは静かに微笑んだ。
「誰もが間違いながら、それでも国を守ろうとしていた。……ハーロルト様も、そうだったのでしょう?」
答えはなかった。けれど、その沈黙がすべてを物語っていた。窓の外では風が木々を揺らし、遠くで梟が鳴く。蝋燭の炎がかすかに揺れ、二人の影を重ねた。
ハーロルトは俯いたまま、両手を握りしめる。その掌には、無数の戦場の記憶がこびりついている気がした。倒れていった兵士たちの顔、命令に従うしかなかった自分。
「君は強いな。」
「いいえ。強くなければ、ここには立っていられなかっただけです。」
レイラの声には、悲しみと誇りが同居していた。彼女もまた、失ってきたのだ。家族も、故郷も、そして普通の少女としての時間さえも。
ハーロルトは、レイラの言葉の余韻を胸の奥で反芻していた。彼女の声が、心の深い場所にゆっくりと染み込んでいく。それは、忘れていた温もりを思い出させるような、不思議な感覚だった。
「……なぁ、レイラ。君は星空の絵を描けるか?」
レイラは一瞬きょとんとした顔をした。唐突な問いに戸惑いながらも、少し考えるように視線を宙に泳がせる。
「描ける……と思います。」
「私は、レイラの描いた星空が見たい。また、星空を美しいと思いたい。」
レイラはその言葉に小さく息を呑んだ。
ハーロルトの声は穏やかだったが、その奥に宿る願いの重さが伝わってくる。彼がどれほどの夜を、後悔とともに過ごしてきたのかを思うと、胸の奥が締めつけられた。
「わかりました。ハーロルト様が美しいと思える星空を、きっと描いてみせます。」
コメント
2件
物語の中に繋がりを作るのが上手すぎる ハーロルトさんが夜空を克服できますように…