テラーノベル
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「……これが新しい指示か」
健一は、数日ぶりに手渡されたスマホを震える指で操作した。
そこにはナオミから、再起のための最初の一歩としてある「特別な清掃業」のバイト先が指定されていた。
「ここに行けば、俺はまたやり直せるんだな……?」
「ええ。頑張ってね、健一さん」
私は彼のために、あえて「安っぽい、サイズ違いの作業着」を用意して送り出した。
健一は、かつて数万円のシャツを着こなしていたその肩を丸め、這うようにして家を出た。
彼が向かった先は、深夜の繁華街にある、いわゆる「特殊清掃」の現場……ではなく。
私がナオミとして裏で手を回した
「里奈が新しく働き始めたキャバクラの、裏方の雑用」
だった。
◆◇◆◇
その夜
健一が血の気の引いた顔で帰宅した。
その手は洗剤で荒れ、体中から安っぽい酒とタバコの匂いが染み付いている。
「……奈緒、あそこ、里奈がいるんだ。あいつ、俺を見つけるなり、店の客たちの前で俺を土下座させて…!」
「あら、それはいい経験になったわね。パトロンの方は『耐え抜く姿こそが美しい』って仰っていたわよ」
「でも……! 里奈だけじゃない、店の黒服たちにも『元エリートのゴミ拾い』って笑われて……。俺、もう限界だ……」
健一が床に崩れ落ちると、私のスマホに「ナオミ」宛ての通知が届く。
健一のバイト先の店長であり、私・ナオミのフォロワーから
健一が里奈のヒールを磨かされている動画が送られてきたのだ。
私はその動画を、健一の目の前で再生した。
「見て、健一さん。この動画、ナオミさんのアカウントで大好評よ。『プライドを捨てた男の再生劇』として、みんなが嘲笑しているわ」
「……っ!!」
健一は、自分の醜態がリアルタイムで世界中に拡散され
それを唯一の希望である私が「喜んでいる」という矛盾に、脳が焼き切られそうになっていた。
「ねえ、健一さん。逃げ出したい? でも、逃げ出したらパトロンとの契約は破棄。あなたは即座に、横領の罪で警察に突き出される。……どうする?」
健一は、涙と鼻水でぐちゃぐしゃの顔を床に押し付けた。
「……やる。やります。……ナオミさんにだけは…見捨てられたくないから……」
彼はもう、自分を支配しているのが「奈緒」なのか「ナオミ」なのか
それとも「里奈」なのかさえ判別できなくなっていた。
ただ、誰かに命令され、辱められ
それを「再生」だと信じ込むことでしか、自我を保てない怪物に成り果てていた。
私は彼の頭を優しく撫でる。
「いい子ね。……あ、言い忘れていたけれど、明日からは『第二の刺客』もその店に現れるわよ。楽しみにしていて」
健一が怯えた目で私を見上げる。
その刺客とは、健一がかつて最も恐れていた
「不倫騒動で彼を激しく糾弾した、元同僚の部長」だった。
「……あ、ああ……」
健一の喉から、ヒュッという乾いた音が漏れる。
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#復讐