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──ノートを開こう。


なにも特別感のない、どこにでも売っている安物のノートだ。少々変わった形式の日記として使われたそれは、今や続きが書かれることもなく、ポツンと本棚に並んでいる。手に取ると、未だこびりついて取れない土のザラザラとした感触や、たわんだ表紙が、これを持ち帰った日を思い起させた。

たった数週間前に書かれた文字列だ、懐かしさを覚えることもない。もちろんそれは自分がこれを何度も読み返しているからかもしれないが──それでもやっぱり、懐かしさとは別の、不穏な雑音が心臓を駆け抜けた。

もはやお馴染みとなった一行目に目を走らせると、元気な声が聞こえそうな一文から始まる。


「三科優斗です! うちの家には座敷わらしがいます!」


これが俺の友人の第一声、自己紹介だった。クラス中が悲鳴みたいな、歓声みたいなものであふれたのを、よく覚えてる。

優斗とは中二の時、山奥にある分校との統合がきっかけで同じクラスになった。なんでも分校生が優斗一人になるせいで、統合が決まったそうだ。

自己紹介のインパクトか、優斗は転入早々、話題の中心になった。小学生の頃、文庫の怪談シリーズがブームになっていたのも原因かもしれない。座敷わらしという言葉に反応した同級生が多かったんだ。

学生作家を目指している俺──稲本陸も、もちろんその一人だ。

家に幸運を運んでくる妖怪、座敷わらし。それが家にいるなんて聞いて、ワクワクしないわけがない。少し自分にも幸運を分けてもらえるかもなんて、ちょっとした下心も顔を出す。なんせ中学生だ。欲しいゲームもあるし、小遣いだって増やしたい。中には授業で好きな子と二人で組まされたい、なんてささやかな願いを持っている人間だっていた。

しかしそのワクワクも、半年もしない内になくなってしまう。


「うっわ、またヤマ外したー!」

「またかよ優斗ー」

「お前この前も、大事なもんなくしたとか言ってなかった?」

「マジでお前、運ないよなー。家が金持ちってだけでじゅうぶん勝ち組だけど」

「陸は? テストどうだった?」

「ヤマ全部当たって、九十五点!」

「怖すぎ……。優斗、陸から運もらえよ」

「あっはは! もらえるもんなら俺だってもらいたいよ!」


こんな会話が日常になるほど、優斗がとんでもなく運が悪いと分かってしまったからだ。やがて俺以外、クラスメイトのほとんどは座敷わらしの話を嘘か冗談だと判断し、気にすることもなくなっていった。


「優斗、今日も遊びに行っていい?」

「うん。宿題やる?」

「いや、今日はダラダラしよう」

「賛成ー!」


優斗と俺は生活リズムというか、スタンスというか、とにかくそういうものが妙にしっくり合っていた。なにもしなくても退屈しない。まるで兄弟みたいな空気だ。知り合って二か月も経たない内に、優斗と俺は何度も家を行き来するくらい仲良くなっていた。

それから一年。

中学三年の一学期末テストを前にした、昨日。テスト勉強をしに来ていた優斗が、思い出したように言った。


「そうだ陸。夏休み、うちんちに泊まりに来ない? 二週間くらい」

「え、二週間!?」


驚きすぎて、握っていたシャーペンの芯がポキンと音を立てて空を飛んだ。


「……夏休みの半分も? え、いいの?」

「うん、うちは全然問題ない。家族にも許可はもらったし、陸なら歓迎されるよ」

「家族って──もしかして俺、本宅に招待されてる?」

「当然、座敷わらしが出るほうの家。……小説のネタにできるだろ?」


にんまりと笑った優斗に、俺は思わず声を上げそうになった。

優斗は転入以来、学校に近い一軒家でお母さんと暮らしている。別に両親の仲が悪いわけじゃない。学校と本宅が遠すぎるからって、通学用の家を用意されたそうだ。

本宅は街から、車で片道三十分以上走った山の中。分校への通学も車だったと聞いたから、よっぽど遠いんだろう。だけど通学のために家を買ったと聞いたときは、心底驚いた。うちも貧乏ってわけじゃないけど、まるで別世界だ。現実味がない。

ともあれ──突然の誘いに、とにかく驚いた。


「ちょ、ちょっと待ってて!」


友だちの家に長期宿泊となれば、親に許可をもらわないわけにはいかない。俺は優斗を部屋に残し、バタバタと音を立てて階段を下りる。足がもつれて、派手に転がり落ちそうになるのをこらえながら、なんとかダイニングキッチンに駆け込んだ。


「母さん!」

「コラ陸、バタバタ走るんじゃないの! 優斗くんに笑われるわよ!」

「夏休み、優斗んちに泊まっていい!? 本宅のほう!」


行儀がどうとか、今はそんな説教をされている場合じゃない。少しでも興奮を伝えようと、あえて母さんの注意を無視した。

たぶんギラギラな俺の目を見て、夕食準備を進めていた母さんがきょとんとまばたく。


「本宅って──座敷わらしがいる?」

「そう!」

「お泊まりに誘われたの?」

「そうそう!」

「あら、本当に!? すごいじゃない!」


母さんは俺以上にはしゃいだ。俺が今でも優斗の話を信じてるのは、母さんが原因だ。



優斗と知り合った始業式の日の夜、母さんに転入生のことを話していたときだ。


──もしかして……座敷わらし?


転入生が面白い家に住んでると言ったとき、母さんはこう言った。

座敷わらしの標(しるし)

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