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その日、日曜日の夜。
僕は湯船に浸かりながら、大きく息を吐いた。
今日一日で色々なことがありすぎて、心身ともに疲れ切っていたのだ。
シャワーではなく湯船に浸かることを選んだのも、入浴剤を入れてゆっくりと体を休めたかったからだった。
バラの香りの入浴剤は湯を淡いピンクに変えて、僕はその湯の中に肩まで浸かって大きく腕を伸ばした。
あのあと、緒方先生は井口先生に引き連れられて、職員室の方へ行ってしまった。
「詳しい話は俺が聞いておくから、お前らはもう帰れ」
そう井口先生に言われて、僕らは素直に従った。
真帆はわずかに後ろ髪をひかれたようだったけれど、
「――まぁ、目的は達成しましたし、あとは先生に任せます」
納得したように、そう口にした。
その後、真帆は約束通りすべての魔術書を榎先輩から譲られることとなった。
明日は学校の帰りに、真帆の家まで魔術書の山を届ける予定になっている。
一冊程度なら通学鞄に突っ込んで行けるけれど、十数冊となるとさすがに学校に持っていくことすら難しい。
なので、放課後に一度うちに帰り、そこから改めて魔術書を抱えて出ることになる。
さて、それにしても相当に重たいし嵩張るものだ。一回で持って行けるようなものとは思えないし、やはり数回に分けた方が良いだろうか。
そうすれば、真帆の家に何度も行けるようになるし――
と考えたところで、僕は途端に恥ずかしさを覚える。
今、僕はいったい、何を考えていた? 何を期待していた?
自分で思っている以上に真帆のことを意識している事実に気づかされたようで、湯船に浸かっているにも関わらず、その温度以上の熱を体がもっているように感じられた。
あとはもう、一大事である。
考えないように考えないように努めても、頭の中に浮かんでくるのは真帆の事ばかりだった。
あの可愛らしい顔が、声が、姿が、僕の脳裏に浮かんで消えない。
僕をからかったり馬鹿にしたりするその楽しげな顔も、今ではとても愛おしかった。
真帆が崖から落ちかけた時も、緒方先生から呪い殺されかけた(実際にはそんな魔法はなかったわけだけれど)ときも、考えるよりも先に体が動いた。
僕は別に運動神経もよくなければ、誰彼構わず助けるような善人でもない。
どうかしたら、困っている人をスルーしてしまうことだって時にはある。
それなのに、真帆にはそれをしなかった。いや、できなかった。
できるわけがない。
何故なら僕は――真帆のことが本気で好きなのだ。
その気持ちを認めてしまってから、僕はなかなか寝付くことができなかった。
真っ暗な自分の部屋の中、タオルケットを軽く体に掛け、天井を眺めながら頭に浮かんでくるのは、やっぱり真帆の事ばかりで。
考えれば考えるほど溢れ出てくるこの気持ちを持て余して、僕はまともに息をすることすらできなくなっていた。
これまでまともに女性というものを意識してこなかった僕にとって、この状態は初めてのことで、締め付けられるような胸の痛みすら感じられた。
……これが恋というものなのだろうか。
恋は病、なんて言うけれど、本当に何かの病気に罹ってしまったかのようだった。
この想いを、僕はどうしたらいいんだろう。
この気持ちを、僕はどうやって真帆に伝えたらいいんだろう。
真帆から『本採用』なんてふざけた感じで彼氏になったけれど、それは結局『仮の彼氏』として『本採用』なのであって、本当の意味での『彼氏』ではない。
そう思うと、胸をギュっと締め付けられるような感覚が僕を襲った。
実際のところ、真帆は僕のことをどう思っているのだろう。
からかいがいのある面白い人、そんな感じなんだろうか。
それとも、自分にとって都合の良いクラスメイト、とか?
そんなことを考え続けて、何度も何度もため息を吐いて、寝返りを打って、何だか泣きそうになって、心の中がグチャグチャして何が何だか自分でも訳が分からなくなってきた、その時だった。
――カチャリ、キィィ
僕の部屋のドアが、ゆっくりと静かに開いたのだ。
ドアの向こう側、闇に閉ざされた廊下から、ひとつの人影が僕の部屋に入ってくる。
僕は一瞬息を飲み、その影をじっと見つめた。
そしてその見覚えのあるシルエットに、
「――真帆」
僕は小さく呟いた。
「――こんばんは、シモフツくん」
真帆は小さく言って、摺るような足取りで僕のベッドまでやってくる。
「な、なんで、どうして――これは、夢?」
いつの間に、僕は眠ってしまったんだろう。
思わず口にして体を起こそうとする僕の肩に、真帆はすっと手を伸ばしてベッドに押し戻しながら、
「……そうです、夢です」
答えて、あの優しい微笑みを浮かべた。
ほんのり漂ってくる甘いバラの香りまで、現実の真帆と同じだった。
真帆の事ばかり考えるあまり、こんな夢を見てしまったのか。
それとも、例の『夢渡り』なる魔法で真帆自身が僕の夢に現れたのか。
どちらにしても、僕には喜ばしいことでしかない。
そう、どちらでもよかった。
今、目の前に真帆がいる。
微笑みを浮かべている。
それだけで、十分だった。
「今日はありがとうございました」
真帆はそう言って軽く頭を下げてから、
「私もこういうことは初めてなので、なんて言って良いのかわかりませんけど――嬉しかったです、とても」
「あぁ、うん……」
僕は横になったまま、笑顔で真帆に返事する。
そんな僕に、真帆はゆっくりと顔を近づけながら、
「だから、これはお礼です」
そっと、僕にキスをした。
あの死の呪いを掛けられたときみたいにおでこなんかじゃなくて、僕の唇に、ためらいもなく。
それは夢だというのにとても温かくて、柔らかくて。
顔にかかる真帆の長い髪の毛もまた、現実のように僕の顔にぱさりと落ちた。
やがて真帆は僕の口の中にまでその舌を這わせて――その瞬間、急激な眠気に襲われた。
おかしい、もうすでに夢の中にいるはずなのに、どうしてこんなに眠いんだ……?
口の中に広がる、砂糖のような甘い味――?
薄れゆく意識の中で、真帆はすっと顔を上げて――