テラーノベル
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今夜、颯真が成仏する。
3ケ月の期日に間に合ったから、地獄行きは免れた。
香帆は会社帰りに、スーパーで食材を買い込んだ。
昨日の夜、颯真からリクエストがあったからだ。
「天国に行く前に、香帆の弁当が食べたい」
「え? 食べられないでしょ」
「俺な、香帆の弁当が楽しみやってん。あれがあるから毎日働けたんや」
結婚後、香帆は颯真の弁当作りに力を入れた。
(宅配便ドライバーは体力を使うから、しっかり食べてほしい)
香帆の[愛妻弁当]は、味もボリュームもバランスも万全だった。
「あれをもう一回……。せめて、見せてくれ」
帰宅した香帆は弁当を作った。久しぶりの調理だ。
後ろから颯真が見ている。
「そんなに手間が掛かってたんか」
「俺が起きたら できてたから、知らんかった」
「毎日、毎日、ありがとうな」
颯真に見られながら、香帆の[愛妻弁当]が完成した。
颯真が使っていた弁当箱に、彩り豊かな食材が詰まっている。
「俺の弁当や……」
ダイニングテーブルに置いた弁当を、颯真は嬉しそうに見つめた。
だが、すぐに悲しい顔に変わった。
「あぁ、食いたいなぁ」
「何が一番好き?」
「そら、玉子焼きやな」
香帆は、颯真が使っていた箸箱から箸を取り出した。
そっと〈玉子焼き〉を箸で挟んで、颯真の口元に運ぶ。
大きく開いた颯真の口の中に〈玉子焼き〉が入った。
香帆が箸を離すと、
コロン……。
〈玉子焼き〉は颯真の身体を通過して床に落ちた。
「あぁ、残念」
香帆はガッカリしたが、颯真は嬉しそうだ。
「いや。一瞬でも身体の中にあった。満足や」
「この弁当は香帆が食べてな」
「そうするしかないね」
「というより、食べて欲しいんや。俺が死んでからインスタントが多いやろ」
一人になってから、香帆の食生活は大きく乱れた。
テイクアウト、コンビニ弁当、スーパーの総菜、冷凍食品ばかり食べている。
「毎日は無理でも、たまには何か作れや。心配なんや」
「うん。自炊してみる」
颯真は、もう一度[愛妻弁当]を見つめた。
「弁当作ってくれてありがとう。これで思い残すことはない」
「本当に天国に行くの?」
「ずっとおりたいけど、期限が切れたら地獄行きやし」
「何に生まれ変わるんだろ?」
「わからへん。『明日、蛇に』もあるねんて」
「ずっと天国にいてくれたら、いつか会えるのにね」
「俺は『特典③』を選んだからアカンわ。あっ!」
颯真の周辺が 黄金色《ゴールド》に輝き始めた。
「ほな、行くな」
「颯真!」
香帆は颯真に抱きついた。颯真は香帆を抱きしめた。
二人の身体は3㎜離れて重なった。
颯真の身体が、スッと消えた。
「あ……」
香帆は、颯真が座っていたソファーに座った。
颯真の言葉を思い出す。
「俺は香帆を愛してる。初めて会うたときから、愛しっぱなしや!」
「香帆は魅力の塊や!!」
「俺は香帆が好きやねん。誰よりも誰よりも好きやねん」
「香帆が俺の女や。他はいらん!」
「香帆の弁当が楽しみやってん。あれがあるから、毎日働けたんや」
「ありがとうな」
香帆はソファーに座り込んで泣き続けた。
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