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「起立、礼――」
帰りのショートホームルームも終わり、わらわらと、教室から出て行くクラスメイト。あと少しで、夏休みということもあって、浮かれている奴が多いんだろう。
すぐに部活に行く奴や、教室に残ってたべる奴など、様々で、皆放課後は自由に時間を使っている。
俺は、いつも帰ってからスーパーに行くがてらランニングして、それから夕ご飯を作って、勉強をして就寝、というスタイルを取っている。まあ、一言で言えば、帰宅部で。それでも、生徒会の収集があれば、それに応じるし、先生達からの頼まれ事も多いから、すぐに帰るなんてことはあんまり出来たこと無い。家に帰って、お帰りを言ってくれる人もいないし、帰りたくない気持ちも少しあって、遠回りしてもいいかな、と少し、帰り道が憂鬱になる。
それを、最近朔蒔や楓音と一緒に帰っているから、和らいで、帰り道のあの時間がずっと続けば良いなとかも思っている。まあ、帰らなきゃ勉強も出来ないし、お腹もすくしで、最後は別れて帰るんだけど。
楓音の家は何となく分かったが、朔蒔の家は未だに分からないままだった。朔蒔が「来いよ」なんて言ってくれたことは1度もないし、本人から招かれるまで、俺もついていこうとはしないようにしている。あまり、詮索されるのが、好きなタイプではないだろうし。
そんなこんなで、放課後の予定がないため、いつも通り、朔蒔と楓音を誘って帰ろうかと、探していれば、教室の端の方で、荷物をまとめる楓音の姿を見つけた。明るい茶色の髪がふわふわと揺れている。
「楓音」
「あっ、星埜くん帰る? もうちょっと待ってて、今荷物まとめてるから」
「ああ、うん。焦らなくていいから、ゆっくり。俺は、気にしてないよ」
「ふふっ、矢っ張り、星埜くんって優しい」
「そう、そうかな」
誉められて、なんとも言えない気持ちになる。
だって、普通可愛い子に優しいね、何て言われたら舞い上がってしまうだろう。それが、男だって分かっていても。
(てか、楓音は楓音って性別だよなあ……)
楓音に関しては、男! とも、女! ともいえない。男の娘、という単語があるが、あれに近いが、遠いみたいなところあって、楓音の性別や、特徴を捉えるのは難しいと思った。世の中にどれだけの性別が存在するんだって話だから、もう楓音は、楓音という性別だと思う。まあ、そもそも、性別にこだわりはないが。
すこしあざといと思える仕草も、たまに出る格好良さも、全てひっくるめて楓音で、俺はそんな楓音が好きだ。
それに比べ、可愛げはないが、引力だけはある男が、俺の近くにはいるわけだが。
「朔蒔」
「あ、星埜」
「あっ、て、なんだよ。何だよ、お前。一人で帰ろうとしてんのか?」
「ん~ダメ?」
「だめ……じゃないけど。珍しいというか」
まるで、空気になったようにスッと教室を出ていこうとする朔蒔を俺は思わず呼び止めてしまった。最近いつも一緒に帰るから、それが普通になっていて、当たり前を壊されるのが嫌だっていう、俺の我儘で頑固な本能が引き止めたのかも知れない。別に朔蒔が何処に行こうが、一人で帰ろうが彼の勝手だろう。けれど、何故か、引き止めたくなった。
「てかさ……今日、ずっと思ってたんだけど、お前暑くないの?」
「え? ああ、暑いけど」
「熱中症にならないか、心配……してた、かも、だから」
「ふ~ん、星埜が俺の心配ねェ。あんがと」
と、いつもとは違う、何だかサラッと朔蒔はいって笑うと、俺の頭を優しく撫でた。此奴の中に、優しいなんていう感情があるのかと、驚きだが、それよりも、いつもより大人しい、その態度の方が気になった。
朔蒔は、今日朝から、暑そうなジャージを着て登校していた。先生に校門で止められていたが、強行突破したらしく、そのまま教室に入ってきた。皆見た瞬間、暑そう……という目で朔蒔を見ていたが、皆彼に何故? と訪ねはしなかった。まあ、未だに、朔蒔のことを怖いって思っているクラスメイトもいるだろうし、何より、俺だって、いつ此奴が暴れ出すか分からないって言う怖さはあるわけで探り探り、関わっている感じだ。仲がいい奴に気を配るって、変な話だけど。
それで、暑そうなジャージを着て、肌を隠すようにして、いつもより大人しくて……それが、朔蒔っぽくなくて、心配だった。普通に心配だ、なんていったら調子のりそうだって思ってはっきりは言わなかったけれど。
「一緒に帰らない、のか」
「ん~今日は、パス」
「理由……とか、聞いていい系か?」
「急用」
と、朔蒔は肩をすくめる。
急用にしては、のらりくらりとした足取りだった気がするが、と俺は朔蒔を見る。でも、此奴の黒い瞳から、此奴のことを理解しようとするなんて不可能だった。矢っ張り、何を考えてるか分からない。
「じゃっ、星埜また明日~」
なんて、朔蒔は俺の制止を振り切り、俺に興味を示さずにいってしまった。あとから帰る準備が出来た楓音が俺の方によってきたが、楓音も理由が分からず、ポカンとした顔で朔蒔を見つめていた。
「なんか、可笑しいね。朔蒔くん」
「まあ……でも、彼奴にも色々あるんじゃね」
なんて、俺は、片付けて、楓音と二人で帰ることにした。
多分、だけど、きっと楓音よりも、朔蒔の異常に気づいて、気になって仕方なかったのは、俺の方だったと思う。
(何だよ。彼奴……)
分からない。彼奴のこと、分かってきたつもりになっていただけだったのかも知れない。
不甲斐ないなあ、とか、そんな感情を抱きながら、俺は楓音と別れ、帰路についた。