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わたしもユキも、そんな楸先輩に面食らい、何も答えることができなかった。
襲い掛かってきたわけではないようで安堵しつつ、けれどわたしの口にした『一歩』を普通のひと足分ではなく、助走してジャンプして(しかも魔法を使ったのか、異様なくらい綺麗な弧を描いて飛んで)近づいてくるとは思ってもみなかった。
楸先輩はわたしたちの驚くさまに満足したのだろう、わたしたちにくるりと背を向けると、
「さぁ、行きましょうか」
そう口にして、再び歩き出したのだった。
わたしたちは、その背中を慌てて追いかけて、
「ちょ、ちょっと、何なんですか。今のは!」
ユキが楸先輩の背中に声を掛けた。
楸先輩はわずかにこちらを振り向きつつ、
「おふたりに対する、わたしの心の距離を表しました」
それからにっこりと微笑んで、
「わたし、おふたりと仲良くなりたいんです」
柔らかい口調で、そう言った。
それに対して、わたしは訝しむように、
「そんなこと言って、実はわたしの魔力を吸い取るつもりで、騙そうとしているんじゃないですか?」
けれど楸先輩は、意外にも不思議そうに首を傾げて立ち止まり、
「……どうしてわたしが、アオイちゃんの魔力を吸い取るんですか?」
言って、眼をぱちぱちさせて見せた。
わたしもつられて歩みを止め、そのきょとんとした楸先輩の顔を睨みつけながら、
「それは――わたしの魔力を、自分のモノにして、それで――」
自ら口にしておきながら、いまいちよくわからなかった。
何のために、どうして、そんなことをするのか。
改めて思い出そうと首を捻っていると、
「ぷぷっ! そんなことしませんよ!」
と楸先輩は噴き出すように笑い、
「だって私の魔力、そんなことする必要ないくらい、高いですから!」
言って、自慢げに胸を張ったのだった。
そんなわたしたちの会話に、ユキはぽかんと口を開けており、
「――魔力? 吸い取る? なにそれ、あんたたち、いったい何の話をしてるわけ? どういうこと? わけわかんないんだけど」
眉間に皺を寄せながら、交互にわたしたちの顔を見比べた。
……しまった、そうだった。
わたしはつい今しがた口にした言葉を激しく後悔した。
わたしは、わたしが魔法使い――魔女であることを、ユキには話していないのだ。
どうしよう。これはママに叱られちゃう。
わたしが魔女であることは、秘密にするように言われていたのに……
困った、どう説明して誤魔化そう。何とかしなくちゃ、何とか……!
そんなわたしとは対照的に、楸先輩はくすりと笑みを浮かべながら、
「私たち、実は魔女なんです」
隠すことなく、誤魔化すことなく、はっきりとそう答えたのだった。
わたしは思わず目を見開き、首を大きく横に振って、
「ちょ、ちょっと、楸先輩! そういうことは」
「秘密にする必要、ありますか? お友達なんでしょう? お友達には自分のこと、知っておいてもらいたくないんですか? 私は仲の良いお友達には、自分が魔女であることを秘密にはしていませんよ。だって友達ですから。それにもし魔女であることを打ち明けたところで、それを信じるか信じないかはそのお友達次第でしょう? 信じてもらえないのであれば別にそれでもかまいませんし、信じてくれるのであれば秘密の共有って感じでより仲良くなれたような気がしませんか?」
楸先輩の言葉に、わたしはそれでもなおオロオロしてしまった。
ちらりとユキに視線をやれば、わたしと楸先輩を胡乱な目で見比べている。
あぁ、そんな眼でわたしを見ないで! 疑わないで!
そう思っていると、ユキは一つ頷いて、
「……そっか。やっぱりそうだったんだ」
何故か納得したように、口にした。
「えっ」
とわたしが眼を見張れば、ユキはニヤリと笑みながら、
「実は私さ、一度だけアオイがホウキに乗って学校に来てたの、見たことがあったんだ。あの時は何かの見間違いだったんだろうって思って自分を納得させてたんだけど――あれ、見間違いじゃなかったんだ。やっぱりアオイだったんだね」
わたしは息を飲み、ユキの顔をまじまじと見つめた。
そんな、でも、だって――
「ほ、本当に、それ、わたしだったの?」
「の、はずだけど。友達の顔、見間違えたりしないよ」
笑うユキに、けれどわたしは、
「でも、わたし、空を飛ぶときは鳥に見える魔法をかけてるから――」
わたしのことは、空を飛ぶ鳥にしか見えないはずなのに。
「時々いるんですよ」
と口を開いたのは、楸先輩だった。
「たぶん、フィーリング的に互いの魔力が一致しちゃって、本来なら鳥に見えるところが、そのまま本人の姿で筒抜けになっちゃうみたいですよ?」
「互いの魔力?」
首を傾げるユキに、楸先輩は、
「魔力というのは、生命力でもあるんです。それはひとりひとり指紋のように形が違って、けれどその形がたまたま合うことがあって、そういう人には魔法が通じないことがあるそうです。まぁ、わたしもおばあちゃんの受け売りなので、よく知らないんですけどね」
「ってことは、私とアオイの魔力は――」
「合うんでしょうね、きっと。どうぞおふたりとも、これからも仲良くしてくださいね」
わたしたちはその言葉に、何となく互いを見つめ合った。
そんな話を聞いたのは初めてのことだったし、楸先輩の言うことが本当で、ユキがわたしが空を飛んでいる姿を眼にしている以上、たぶん、そうなんだろう。
わたしとユキの魔力が、一致している。
それって、つまり……?
「それって、私とアオイが今ここにいることと、何か関係があるんですか?」
訊ねたユキに、楸先輩は首を傾げながら、
「直接的には関係ないんじゃないですかね。いくら魔力が一致するからって、常に同じ夢を見ているわけではないでしょうし」
「……夢? 夢ってどういうこと? これ、夢なの?」
「はい」
「私たち、夢の中にいるわけ?」
「そうなりますね」
「――これ、アオイの夢なの?」
ユキがこちらに顔を向けて、わたしは慌てて首を横に振りながら、
「ち、違うよ! わたしじゃない。これは……」
とわたしは遠慮がちに楸先輩のほうに顔を向け、
「たぶん、楸先輩の夢だと思う」
答えると、ユキも同じように楸先輩のほうに顔を向けて、
「え? この人の夢の中?」
すると楸先輩もちょっと驚いたように、
「――これ、私の夢の中だったんですか?」
自分の顔を指差しながら、目をぱちくりさせたのだった。