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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第65話:温泉再び。氷点下の露天風呂〜白銀とエメラルドグリーンの極楽浄土〜
二月上旬。北海道の冬は、一年で最も美しく、そして最も過酷な時期を迎えていた。
吐く息は一瞬で白く凍りつき、空気中の水分がキラキラと輝く「ダイヤモンドダスト」が舞う氷点下の朝。
だが、俺と小春ちゃんは、分厚い防寒着を着込むこともなく、バスタオルと手ぬぐいだけを持った軽装で、庭の奥へと続く雪道を歩いていた。
「お兄さん、外はマイナス十五度なのに、シロちゃんのオーラのおかげで全然寒くないですね。むしろ、ちょっと歩いただけでポカポカしてきます」
「ああ。シロの『適温25度の絶対防壁』は、動く空調設備だからな。それに、今日はこれ以上ないほどの『完璧なコンディション』が整っているはずだ」
俺たちが向かっているのは、古民家の裏手にある岩場。
かつて、ブラック企業で心身共にボロボロになっていた俺がこの家に引っ越してきたばかりの頃。シロがその神聖な肉球で地面に触れ、枯れていた源泉を復活させた『伝説の露天風呂』である。
木立を抜け、視界が開けた瞬間。
「わぁ……っ!!」
小春ちゃんの口から、感嘆の吐息が漏れた。
ジンバルにセットされたスマートフォンの向こう側で、250万人のリスナーが見守る中、その絶景は配信画面に大写しになった。
真っ白なパウダースノーが積もった黒い岩肌。
その中央にこんこんと湧き出ているのは、まるで宝石を溶かしたかのような、透き通る『エメラルドグリーン』の温泉だ。
湯面からは柔らかな白い湯気が立ち上り、周囲の雪化粧をした木々と見事なコントラストを描いている。
頭上には突き抜けるような十勝晴れの青空。さらにその空には、シマエナガの戦術部隊が完璧なデルタ・フォーメーションで航空哨戒を行い、外敵(カラスなど)の接近を完全にシャットアウトしている。
「これぞ、日本の冬の最高峰。完全プライベートの『氷点下の雪見露天風呂』の完成だ」
俺はサッとTシャツと短パンを脱ぎ捨て、コンプライアンス遵守の水着姿になると、タオルを頭に乗せてザブンとエメラルドグリーンの湯船に身を沈めた。
「……あぁぁぁぁぁぁぁ…………」
全身の毛穴から、社畜時代に溜め込んだ数年分のカルマ(疲労)が、一瞬にして音を立てて溶け出していく。
熱すぎず、ぬるすぎない、細胞の奥底まで染み渡る完璧な湯加減。それに加えて、シロが気を利かせて『頭の高さだけ結界を解除』してくれているおかげで、マイナス十五度の澄み切った外気が頭をシャキッと冷やしてくれる。
「最高すぎる……。温泉ってのは、この頭と体の温度差(グラデーション)を楽しむためにあるんだよな」
俺が魂の抜けたような声で呟くと、チャット欄はすでに凄まじい速度で弾幕を形成していた。
『うおおおおおおおお!!』
『絶景すぎるだろォォォォ!!!』
『高級旅館のパンフレットでもこんな完璧な雪見風呂見たことねえよ!』
『エメラルドグリーンの湯と雪の白さがバグレベルに綺麗』
『主、またしても人類の頂点に立つ』
『俺も今から風呂沸かすわ(絶望的なユニットバスを見ながら)』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Master! Name your price! I will buy that hot spring for 100 million dollars!“(主よ! 値段を言え! その温泉を1億ドルで買収する!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”A true paradise! Even our Alpine resorts cannot match this luxury!“(真の楽園だ! 我らがアルプスのリゾートでさえ、この贅沢には敵わない!)』
世界中のVIPたちが、羨望のあまり狂ったように赤ギフトを投げ続ける。
「ふふっ、お兄さん、本当に気持ちよさそうですね。私も足湯だけお邪魔しますっ」
小春ちゃんがズボンをまくり、岩場に腰掛けてチャプンとお湯に足を入れた。
「んんっ……! すごい、お湯に入った瞬間から、肌がツルツルになっていきます! なんですかこれ、高級な美容液に浸かってるみたい!」
小春ちゃんが驚いて自分の脚をさする。
無理もない。この温泉は、神獣シロの神聖力が溶け込んだ『奇跡の霊泉(エリクサー)』なのだ。
『ミャウ』
すると、俺たちの背後から、純白のシロが岩場を伝って降りてきた。
その後ろには、コン吉とコン次郎のキタキツネ兄弟もトコトコと続いている。
猫やキツネはお湯を嫌がるのが普通だが、彼らは神獣とその眷属。
シロは湯船の縁の、ちょうどいい温度に温まった平らな岩の上で香箱座りをし、『ゴロゴロ』と重低音のモーター音を響かせ始めた。
コン吉とコン次郎は、湯気でほんのり暖かくなった新雪の中にダイブしては、「きもちいい〜」と目を細めている。
「……なぁ、小春ちゃん。俺、もしかしてすでに死んでて、ここは天国なんじゃないか?」
俺はエメラルドグリーンのお湯の中で、半分白目を剥きながら呟いた。
「なに言ってるんですか、お兄さん。ブラック企業から逃げてきて、ようやく人間らしい生活を取り戻したんじゃないですか」
「いや、人間らしいどころの騒ぎじゃない。今、俺の肩こりも腰痛も、視力の低下すらも完全に消え去ってるんだ。お湯に浸かってるだけで、HPとMPが限界突破して回復し続けてるのがわかる。もし今、悪魔のような上司が目の前に現れても、笑顔でハグしてエクセル表を提出できるレベルだぞ」
俺の言葉に、配信画面の向こう側の250万人がザワッとした。
『はああああああ!? 視力まで回復してんの!?』
『それ温泉じゃなくて完全に回復の泉(ベホマラー)だろ!!』
『シロ様のオーラが溶け込んでるからなww』
『若返りの泉を発見した限界社畜www』
『笑顔でハグしてエクセル提出は、社畜として完全に悟りを開いてる証拠』
リスナーたちが『奇跡の効能』に大騒ぎする中。
俺は、頭に乗せていたタオルをギュッと絞り、カメラに向かって、極楽浄土にふさわしい、穏やかでフラットな声で語りかけた。
「……皆さま、落ち着いてください。これは決して、魔法や奇跡ではありません」
『出たァァァァァ!!!』
『主の限界言い訳タイム・温泉効能編ww』
『ベホマラーをどう言い訳する気だww』
『もう黙って極楽を満喫してくれww』
俺は、エメラルドグリーンの湯に浸かりながら、真顔で言い放った。
「北海道十勝地方には、太古の植物が堆積してできた『モール温泉』という世界でも珍しい泉質が存在します。このエメラルドグリーンのお湯は、そのフミン酸や植物性有機物が極端に濃縮された結果であり、血行が爆発的に促進されることで一時的に細胞が活性化しているだけです。視力回復や疲労の消滅は、大自然のプラセボ効果と、自律神経の整いによる『錯覚』に過ぎません。ええ、ただの生化学的な新陳代謝ですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
足湯をしていた小春ちゃんが、お湯をパシャッと俺の顔にかけながら絶叫した。
「プラセボ効果で視力が回復するわけないでしょ!! さっきからお兄さんの肌、ゆで卵みたいにツルッツルのピッカピカになってますよ!! どう見てもシロちゃんの神聖な力が溶け込んで若返ってるんでしょうが!!」
『小春ちゃんのお湯かけツッコミww』
『生化学的な新陳代謝(寿命延長)』
『プラセボ効果(神の奇跡)』
『適応力バグおじさん、ついに温泉療法すらも論破する』
『ゆで卵おじさんww』
俺の苦しすぎる限界言い訳と、小春ちゃんの鋭いツッコミに、チャット欄は今日一番の大爆笑の渦に包まれた。
『ミャウ(私の湯加減、最高でしょ?)』
岩の上でまどろむシロが、誇らしげに喉を鳴らす。
「あははっ! もう、お兄さんってば。でも、本当に最高の温泉ですね」
小春ちゃんも笑いながら、エメラルドグリーンのお湯の中でパシャパシャと足を動かしている。
雪山に響く笑い声と、湯の流れる音。
上空ではシマエナガたちが「ジュルルッ」と平和な交信を続け、キタキツネたちが雪とじゃれ合う。
外気は凍てつくような氷点下だが、俺たちの心と体は、世界のどこよりも温かく、そしてバグった効能によって癒やされ続けている。
「……よし。風呂上がりには、キンキンに冷えたコーヒー牛乳といこう」
限界社畜のスローライフは、神獣がもたらす究極の雪見風呂によって、また一つ、人間の堕落の限界点を突破していくのだった。
コメント
1件
うわあ、このエメラルドグリーンの雪見風呂、絵面がすごく綺麗で目に浮かびました……! シロの適温オーラで防寒不要なのも、神獣とスローライフの万能感が出てて気持ちいいですね。そして「プラセボ効果で視力回復」って限界言い訳、もう笑うしかないです(笑)。小春ちゃんのお湯かけツッコミもキマってて、読んでるこっちまでほっこりしました。温泉×ギャグ×絶景、バランス最高でした!