テラーノベル
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しばらく無言で歩いたあと、涼ちゃんは一本裏道に入った。
人通りが少なくて、
古いアパートと住宅が混ざった静かな場所。
(……この辺?)
元貴が腕を組んだまま歩いているのを、
俺は少し後ろから見ていた。
やがて、
一軒の建物の前で足を止めた。
「……ここ」
低い声。
見上げると、
年季の入った小さなアパートだった。
オートロックもない、
表札もほとんど出ていない。
元貴が先に口を開く。
「ここ、涼ちゃんの家?」
「うん」
それだけ。
俺は、玄関周りを無意識に見回していた。
洗濯物は干してあるけど、
量が少ない。
男物が一人分だけ。
靴も、
揃っているのは一足だけだった。
(……あ)
胸の奥で、
小さく何かが引っかかる。
「……一人?」
俺がそう聞くと、
涼ちゃんは一瞬だけ、間を置いた。
「……うん。」
声は穏やか。
でも、その一瞬の“間”が、
やけに気になった。
元貴は気づいていないのか、
「そっか」と軽く返す。
俺は、
もう一度、玄関を見る。
生活感が薄い。
“帰ってきて休む場所”っていうより、
“とりあえず寝る場所”みたいな。
(だから、パンだけなのか)
食堂での光景が、
急につながった。
「……誰か、家の人は?」
気づいたら、口に出ていた。
涼ちゃんは、鍵を出しながら、
背中越しに答える。
「今は……いない」
それ以上は、言わなかった。
ドアが開く音。
「ちょっと上がる?」と涼ちゃん
この人は、
一人で倒れて、
一人で耐えて、
一人で“大丈夫な先輩”をやってきた。
だから、
誰かが家まで来ること自体が、
想定外なんだ。
玄関の中に入ると、
ひんやりした空気が流れてきた。
(……やっぱり)
ここは、
「安心して休める場所」じゃない。
涼ちゃんが振り向いて、
いつもの少しだけ笑った顔で言う。「散らかっててごめんね」
その笑顔を見て、
俺ははっきり思った。
――この人、
誰にも頼るつもり、なかったんだ。
元貴は、まだ気づいていない。
でも俺はもう、
この“先輩の秘密”の入口に立ってしまっている。
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