寝室はベッドの上の布団が荒れていたくらいだった。
が、私のクローゼットを見ると……。
「あっ!なにこれ!」
悲鳴ともとれる声を上げてしまった。
「これは酷いね」
亜蘭さんが珍しくタメ口で呟くほどの。
ハンガーにかけてあった、ワンピースなどの洋服が切り刻まれていた。バッグもスッと鋭利な刃物で切った後がある。生地の切れ端が床に散乱している。
「何か着られる物、残ってるかな」
結婚してからほとんど洋服は買っていない。
孝介にお金を全て管理されていたし。
カラーボックスに入っている下着とかは無事……ぽいな。
「美月さん。こんなこと言うのは大変申し訳ないんですが、写真に残しておいてください。これも離婚する時に有利な証拠になると思いますので。孝介《あの人》の行動、隠しカメラには映っているかと思いますが、念のため」
「あっ。はい。わかりました」
私が写真を撮ったり、下着や小物を整理している間、亜蘭さんは室内に取り付けてあった隠しカメラを回収してくれた。
孝介に隠してあった、通帳は無事だった。
良かった。
このお金があったから、あんな出逢い方だったけど、迅くんと再会することができたから。通帳をギュッと握り締めてしまった。
キャリーバッグに、無事だった下着と洋服を入れる。
「あとは、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
<さよなら>
そう心の中で声をかけ、家を後にした。
「美月さん、買い物に行きましょうか?洋服とか……」
亜蘭さんが洋服のことを気にかけ、提案をしてくれた。
「あの、数枚は大丈夫そうな物があったので平気です。なんとか……」
「遠慮しなくて良いんですよ。加賀宮さんからお金、預かってますよね」
「それは、加賀宮さんのお金だし……」
フフっと彼は笑って
「わかりました。社長に相談しておきます」
そう言った。
ホテルに帰り、明日孝介に伝えたいことを考えていた。
上手く言えるだろうか、いや、言わなきゃいけない。
そんな時――。
電話が鳴っている。
相手を見ると――。
迅くんだ。
「もしもし?」
<もしもし。今、ホテル?>
「うん。そうだよ」
<亜蘭から聞いたけど。洋服とか、大丈夫か?>
亜蘭さん、もう迅くんに伝えたんだ。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
<金、渡してあるだろ?使えばいいのに>
そう言ってくれると思ったけど、私が働いて稼いだお金じゃない。
迅くんが頑張っているからこそのお金だ。
「そんなわけにはいかないよ」
電話越しで、彼は<はぁ>と息を吐いたかと思うと
<美月ならそう言うと思った。本当は美月に会いたいんだけど、忙しくて。ちゃんと飯だけは食べろよ。じゃないと、怒るからな。明日は精神的にも大変だし、体力だって消耗すると思う。しっかり食べておけよ>
念を押された。
「うん。わかった。ありがと」
<じゃあ、明日は俺が近くに居るから。言いたいこと、しっかりと伝えろよ>
最後に<何かあったら連絡して?>と彼が言ってくれ、電話を終えた。
明日は孝介とお義父さんと闘わなきゃ。
次の日――。
「お待たせしました。行きましょうか?」
ホテルのエントランスで待っていると、亜蘭さんが迎えに来てくれた。
「はい」
今から緊張している。
大丈夫だと心の中で何度も自分に言い聞かせた。
迅くんのシリウス《会社》に到着。
亜蘭さんの後ろをついて行く。
この前とは違う、狭い会議室に通された。
そこには迅くんが座っていた。
孝介とお義父さんの姿は見えない。
「よろしくお願いします」
私が迅くんに頭を下げると、彼はハハっと笑って
「緊張してるな。美月らしく言いたいこと、言えばいいよ。俺は俺でやりたいことやるし」
至って迅くんはいつもの迅くんだった。
迅くんは私に近づき
「これが終わったら嫌だって言うくらい、美月のこと愛したい」
そう囁かれた。
ゾクっとする、肩に力が入る。身体が反応してしまった。
「今それ、言う!?」
大きな声を出してしまったが、近くにいた亜蘭さんも笑っている。
迅くんも余裕そうに笑っているし。
そんな時、亜蘭さんの携帯が鳴った。
「社長、先方が到着したようです」
「わかった。ここへ案内するように伝えて。美月は、座ってていいよ。向こうから何か言われても返事はしなくていい。俺が合図するから、そこで話して」
「はい」
ここからが勝負だ。
「失礼いたします」
ノックをした後、社員さんだろうか。男性がドアを開けた。
すると――。
その後ろから
「失礼します」
お義父さんと孝介が現われた。
目の前にいる私を見て
「っ!美月?どうしてここに……?」
孝介が声を上げた。
「美月さんがいてもおかしくないだろ。加賀宮さんのカフェを手伝っているんだし。今日は大切な話と聞いているから。彼女が関わっていてもおかしくないはずだ」
お義父さんは、良い話だと勘違いしているみたいだ。
「どうぞおかけください」
亜蘭さん以外の全員が座ったあと、まず口を開いたのはお義父さんだった。
「お世話になっております。それで今日のお話とは。息子の孝介と一緒に……。ということでしたが」
加賀宮さんは「ええ」と軽く口角を上げたあと
「今日はご相談したいことと、あるお取引きをさせていただきたいと思っております」
そう告げた。
「相談と、取り引きですか……」
お義父さんは考えるように首を傾けた。
「はい。九条社長もお忙しいと思いますし、簡単に要件をお伝えしますと、シリウスと九条グループの業務提携のお話を一旦白紙にさせていただきたい。あと、九条孝介さんと美月さんの離婚を承諾してほしいんです」
「なっ!!」
「はぁ!!?」
二人とも個々に驚きの声を上げた。
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