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《モグリ邸》
「フッフッフ……さぁ! この日が来たのです!」
「うんっ!」
幼い二人は、屋敷の静寂が深まった頃合いを見計らい、先生たちの目を盗んで例の“抜け穴”へと向かった。
手には、大人用の服と靴――そして下着までもしっかり抱えている。
「それにしても……この“大人セット”、よく持ち出せたね?」
「フフッ、これも任務だったのです。……苦労しましたよ、ほんとに……」
「ちなみにこれ……誰の?」
「ルクス先生のです!」
「う、うぇえっ!?」
ルクス先生――厳しくて恐いことで子供たちの間では有名な存在だ。
その部屋に忍び込んで、服を調達してくるなど、普通の子ならまず考えないだろう。
……肝が据わってるどころじゃない。
ユキはすでに「兵(つわもの)」の域に達していた。
「ば、バレたらどうするの……?」
「バレなければいいんです!」
「そ、即答……」
「ほらほらっ、そんなことより、早くこれを着るのです!」
二人は、大人用のワンピースと下着、そして靴を身につけていく。
当然ながらサイズはガバガバだ。
少しの差であれば、魔法で服のサイズは自動的に調整される。
だがこれは“大人用”と前提されて作られたもの――
子供が着る場合、一定以上は縮まらない仕様なのだ。
「なんか……服着てるのにスースーするね?」
「確かにです。それに……大人のパンツって、ヒモしかないんですね?」
「ほんとだねー」
「……じゃあ、やりますか!」
「うんっ!」
二人は目を閉じ、身体に魔力を通す。
光がふわりと弾け、幼い身体は徐々に伸び、大人の女性の体つきへと変化していく――
「……ピッタリです!」
「うん。そうだねぇ」
声も、表情も、立派な大人のそれに変わっていた。
「…………」
「ん? どうしたの、ユキちゃん? なんでそんなに、私の胸を……」
「……何でもないです」
「?」
気にすることではない。
だが“無い方”には、やはり少しだけ刺さるのだろう。
ユキはチラッと自分の胸元に視線を落とし、それからミイのふわっとしたラインに目をやる。
けれどミイ本人は、見られていることなどまるで気づいていない様子だった。
「……そんなことより、見てほしいのです!」
ユキはパッと笑みを浮かべると、スカートの裾を持って軽く一回転する。
「服もピッタリです! これで、どこに行っても恥ずかしくないのです!」
「うん! でも……どこに行くの?」
ミイは、自分の白いワンピースの裾をふわっと広げてから、首をかしげる。
「うーーーん……」
ユキは眉間にしわを寄せて、フル回転で悪知恵を働かせる。
そして辿り着いた答えが――
「……そうですっ! お洋服です!」
「お洋服?」
「もしルクス先生が服が無いことに気付いたら、間違いなく怒られちゃうです!
だからまず、代わりになるお洋服を調達するのです!」
「たしかに……」
本当にユキは頭がまわる。けれど――
「で、でも……私たち、お金……ないよ?」
「ふぁっ!? ふぁああ!? ならばまずやることができました!
お金を調達するです!」
「でもどうやって……?」
「これです!」
ユキは近くに置いてあった段ボールをガサガサとあさる。
その中から取り出したのは、《ブールダ邸》跡地で見つけた――【成長魔皮紙】が入っていた、豪華な装飾の箱だった。
「これを、売るのです!」
「なるほどっ、ユキちゃん頭いい!」
「ふふんっ! じゃあさっそくこれを持って、町へ行くのです!」
「うん!」
二人は、星の瞬く夜道を歩き出した。
普通の子供なら、夜に出歩くことなど恐くてできないはず――だが。
ユキは、おじいさんと暮らしていた頃から、
一人で寝ることも、夜にトイレに行くこともできていた。
ミイは、それどころか“夜よりずっと恐いこと”を知っていた。
つまり――二人とも、“普通の子供”ではなかった。
無敵の二人を止める者など__
「お、ねぇちゃん達。どこ行くんだ?」
わずか五分。
止める“何か”は、あっさり現れた。
「な、なに、ですか……?」
「ユキちゃん……」
一人の屈強な男が、ふらつきながらユキに近づいてくる。
それを見たミイは、ユキの手をぎゅっと握った。
いつもは頼もしいはずのミイの手が――震えている。
ミイには“弱点”があった。
――筋肉質の男。
かつて、何人もの男たちに無理やり押さえつけられ、
小さな麻袋に詰め込まれたあの記憶が、今でも頭から離れないのだ。
「いやぁ、ねぇちゃんたち。こんな時間にどこ行くの?
俺たちと一杯、どう?」
男は酔っているような口調で話す。
けれどその目だけは――笑っていなかった。
その視線は、まっすぐに二人の“金髪”を見ていた。
「ユ、ユキ達は……行くところがあるのです。それでは」
ユキは声を張ってそう言い、男の横をすり抜けようとした――が。
「待てや。……まぁまぁ、そう急ぐなって」
「そーそー、夜のお兄さんたちの話は聞いたほうがいいよー?」
――闇の中から、さらに二人。
男たちは、道を塞ぐようにして二人を囲んでくる。
「その髪の色……反吐が出るぜ」
最初の男が、振り返ってにやりと笑った。
「助けを呼んでもいいけどな。たぶん、その髪を見た瞬間……誰も助けてくれねぇよ?」
「か、髪……ですか?」
「知らねぇの? あらあら、他の国から来た子なのかなぁ?
この町じゃあ、その色の髪してたら――襲われても自業自得だよ?」
「それに……」
男たちは、にやつきながら二人を舐めるように見下ろす。
そして、その視線は――だんだんといやらしさを帯びていった。
「その格好、そそるねぇ……酒の後のデザートに、ちょうどいい!」
「おい見ろよ、こいつブラしてねぇぞ? こんなデカいのに、揺れ方で俺にはすぐわかるんだよなぁ~」
「おいおい、相変わらずお前はおっぱい大好きかよ。ギャハハハハ!」
男たちのゲスな笑い声が、夜の道に響き渡る。
(ま、まずい……です)
ユキの背筋に冷たいものが走る。
空気が明らかに変わった。
――このままじゃ、危ない。
(なにか……なにか、考えないと……)
脳内を高速回転させたユキは、一つの決断にたどり着く。
「……ご、ごほん」
「お?」
ユキは咳払いして、さりげなくミイに目配せする。
それは――“悪だくみをするときの合図”。
(全部任せて。話、合わせて)
ミイは小さく頷いた。
「そ、そうなのよ~です♪」
「ギャハハ……んだと?」
ユキはリーダー格の男にトコトコと近づき――そのまま、腕に絡みつく。
「ユキぃ……ここに来たばかりでぇ、なぁんにも分からないのです。
だからぁ……お兄さんたちに、守って欲しいなぁ?♡」
「お、おう……!」
鼻の下を伸ばした男は、まんざらでもない様子。
一方で、ミイも震えながら――覚悟を決めた。
(怖い……怖い怖い怖い……でも!今はやるしかない!)
ミイは、一番ガタイのいい男に寄り添い、腕を胸に押し当てて甘えた声を出す。
「ぼ、僕も……守ってほしいなぁ。
それにね? いいことしたいなら、僕たちの“お願い”……少し、聞いてくれると嬉しいなぁ?」
「ふ、ふひっ……!」
大男の目がとろけていく。
どうやら、誘惑はうまくいったらしい。
――だが、ひとりだけ。つまらなそうな男がいた。
「……おい、何やってんだよ。
とっととここでヤっちまおうぜ?」
「おいおい、そう焦んなって。
こんなとこで手ぇ出して、騎士の見回りでも来てみろ。
俺たち、そこで人生終了だろーが」
リーダー格の男は、デレデレしながらユキの腰に手を回し――鼻息を荒くした。
「そうそう、少しは考えろって。
このねーちゃん達、最初から“その気”なんだから――紳士らしく対応しないとなぁ?」
そう言って、大男がニヤけながらミイの頭を撫でる。
ごつい手のひらが、ミイの髪を乱暴に梳いた。
(……!)
その光景を見ていた三人目の男が、舌打ちと共に肩をすくめた。
「……ちっ、つまんねぇ」
「まあまあ、焦るなって。
今夜は長いんだ。全員で――楽しもうぜ?」
リーダー格の男は、ニヤニヤしながら手を叩き、酒の匂いを漂わせた。
「とりあえず飲み直しだ!
まだ開いてる店、あるだろ?」
「んじゃ、俺を真ん中の席にしてもらうぞ?」
「「ギャハハハハ!」」
ゲスな笑い声をあげながら、男たちは歩き出す。
ユキとミイも、それに従ってレストランへと向かう――“一旦の安全”のために。
(……な、なんとかなった……です)
ユキは、こっそりと汗ばんだ手をぬぐった。
(けど、これから……どうするのぉ、ユキちゃん……!)
ミイは心の中でユキを頼りながらも、震える手をぎゅっと握りしめた。