「月子……」
岩崎の声が静寂を破る。
月子の体がぐっと引き寄せられしっかり抱き締められた。
岩崎の懐に収まる月子は、固まった。
同じ布団で、そして、抱き合っているのだ。きっと、これは……。
月子はぎゅっと目を閉じる。
「月子、寒くないか?」
「は、はい、わ、私は、だ、大丈夫です……」
これから起こるであろう事を思うと、岩崎への返事がとてもぎこちないものになる。
月子は緊張し、その身を固くした。
「ああ、それならいい。……狭くないか?」
体の大きい自分と一緒ではと、岩崎は心配しているらしい。
「あっ」
月子が小さく声を上げた。
足先に岩崎の脛が当たったのだ。
「ん?それ以上はやめてくれよ。そこは、蹴られると非常に痛いところだらね。でも、足の具合は良くなったようだな。よかった」
くすっと、岩崎は笑い、同時に月子の額にちゅっと音を立てて口付けた。
「ひゃっ」
行きなりのことにうっかりおかしな声をあげた月子は、恥ずかしさが倍増し、つい、岩崎の胸元をぐっと握ってしまう。
そんな月子の様子に岩崎も驚いたのか、急にしどろもどろになりながら、妙な言い訳目いたことを言い始める。
「こ、これはだな。西洋では挨拶だ。驚くことはない。おやすみの挨拶だと思ってくれれば、問題はない。親しい間柄では、皆おこなっていて、親が子供を寝かしつける時にもよくやるのだが……月子は……子供ではなく、私ども親子ではないからして……」
語っていた岩崎から、必死さが無くなった。
そして──。
「しいて言えば、こちらの方が相応しい」
ぐっと月子を抱きしめ岩崎は、一人呟くと月子に唇を重ねた。
「?!」
いきなりの事に驚きから言葉がでない月子は、ただ、岩崎の懐で呆然とするのみだった。
それを見て岩崎は、
「あ、あ、つ、つまり、その、わ、私達は、恋仲だから、親子ではないので、こ、こっちの方が相応しいとおもったのだ!驚かせてしまったか!」
言う、本人が一番驚いているようではあるが、月子は、ふと違和感を感じだ。
そう。もう、二人は恋仲ではない。仮とはいえ、夫婦なのだ。
「き、京介さん。わ、私達は、恋仲というよりも……。ふ、夫婦になったのですから……」
果たして、では夫婦はどういうことをするのかと、月子は思い、何て事を考えてしまったのだろうかと、カッと顔が火照った。
「そうだ!!私達はもう夫婦だ!もう、恋仲ではない!!し、しかし!月子!!だ、駄目だぞ!これ以上は駄目だ!まだ、仮、仮祝言だからなっ!!」
岩崎は、必死で駄目なものは駄目だと言い張ると身を翻し月子に背を向け、掛け布団を頭から被りくるまった。
「えっ……あの」
気がつけば、ほとんど布団を剥ぎ取られた状態になっている。さすがにこれは肌寒い。
「あ、あの、京介さん……お布団を少し……」
心もとなく月子が懇願すると、岩崎は、何事かとばかりに起き上がる。そして、自分がほとんど掛け布団を独占してしまっていることを目の当たりにした。
「な、なんと!す、すまん!月子!何もしないと、思った矢先!月子を布団から放り出していたっ!!」
「……何もしない……ですか……」
月子は、岩崎も、今夜という意味合いを意識していたのだと理解したが、仮ということを律儀に守ろうとしている所に、何故か笑いが組み上げてきた。
何もしないために、布団にくるまったと思うと、妙に、おかしくて、月子は一人クスクス笑った。
「ああ、また、やってしまったなぁ。月子すまん。独り暮らしが長かったから、どうも、勝手がわからんのだ……布団は、ちゃんと二人で分けるぞ!」
岩崎は、頭をかきかき、しゅんとしながら、この辺だろうなどと、物差しで計りだす勢いで、布団の半分を確かめ、ごろりと横になる。
「月子も、早く休みなさい」
言う岩崎は、月子に背を向けた体制をとっていた。
もう、何も起きないと月子は安心しつつも、どこか寂しかった。
布団に潜り込み、岩崎の広い背中にそっとしがみつくと、こつんと額をそえてみた。
「うん、おやすみ」
岩崎が優しく答える。
「はい。おやすみなさい。京介さん」
答えた月子は、今までにない暖かさを感じた。
岩崎の背中から伝わってくる体温なのか、それは分からない。とにかく、心がとても落ち着いている。
いつの間にか、岩崎の背中にしがみつくようにして、月子は深い眠りに落ちていった。
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