霊無が《茶屋 まち丸》を訪れている同時刻。
箒に乗り茜色に染まる空を背景に一人の少女の人影があった。霊無と別行動をとっていた魔理である。
「うーむ……。あいつが氷の妖精を見つけるとなると私は何してようか…」
飛行しながら一旦現状把握をする。
まずこの異変は同じ時が繰り返すという不思議な異変で、その犯人は不明。時械神から聞いた話だと、《想い》の力が強い者が今のこの時を繰り返す力を使用し、人々に明日が来ないようになっている。また、想いの力は既に能力があるものでも付与できるものとなっている。例えば霊無は空を飛ぶという力を持っているが、そこにプラス時を繰り返すという力も追加されるということになる。さらに厄介なのはこの想いの力は一般人も手に入れる可能性があるということにある。もしそうなった場合、犯人特定はほとんど不可能に近い。願わくば自分らの知り合いでいて欲しいものだが、今度はそれはそれで少し複雑な気持ちになる。とはいえ、特定できないよりはマシなんだろう。
さて、この現象の良くも悪くもある点は一部の人間は時を繰り返しているのを自覚していることにある。良い点は、時の繰り返しを自覚していれば同じものでない限り毎度全く同じ行動をするという点。つまり、以前と違う動きをしてる奴は**”こちら側”**ということになる。そうなると、その人物が犯人である可能性が生まれるので異変解決に繋がるということ。悪い点は、その一部の人間はごく稀でしかないということ。現状把握してるのは私に霊無、時械神とまち丸に訪れたとある一般客くらいだろうか。ほかの知り合いはみんな気付いていないようだった。私の仮説では0時の鐘が鳴ると時が戻されて、それと同時にその日の記憶を消されるのだろう。そのため気づく者が少ないというわけだ。
長々と話したが結論を話すとなると、ほとんど詰みに近い。犯人の手がかりは時を操れることと想いの力が強い人物というもののみ。その人物の容姿や特徴などは一切出てこない。やはりここはダメもとでもう一度時械神に逢いに行くのがいいのか?彼女なら何か知ってるはず。それも、私に話してない情報も持ってるはずだから。何もせずブラブラ動き回るのはどうも落ち着かないからな。
「つーわけでここに来たんだわ」
「私が他に何か知ってると?」
「なんか隠してる情報あるんじゃねぇかなって」
「仮にあったとしたらどうする?」
「地面に頭擦り付けて全力でお願いする」
「その図面白いわね。見てみたいわ」
「てことはあるのか!?」
「ある事にはあるけど…。」
「なんで渋るんだよ」
「内容が内容なもんでちょっと話しずらいのよ」
「どういうことだ?」
「あなた達がどれくらい知ってるかによっては話せるかもしれないわね」
「ほとんど知らん。お前さんから以前教えて貰った情報と、巫女様の勘で氷の妖精が怪しいくらいだ」
「巫女様の勘ねぇ……。根拠が欲しいのに勘はちょっとダメじゃなくて?」
「そう言われてもなぁ……」
何とか彼女から情報を聞き出そうとするも、全て流されて話にならない。しかし、確かに情報を持ってるのは見て分かる。ここは意地でも彼女から聞き出さないと一向にこの異変は解決しない。
「それじゃあねぇ……。ひとつヒントをあげましょう」
「ヒント?」
「佐藤っていう少し痩せてる男の人がいるんだけど、彼に会うといいわ。」
「その人はどこに?」
「あんたたちが探し回ってるあの街のどこかの病院よ。頑張って探すことね」
「範囲が広すぎんだろ!?」
「もしくは和葉っていう女性を探す事ね。彼女と佐藤っていう男は仕事の先輩後輩の関係だから、そこと接触出来れば自ずと犯人特定に繋がるわよ。」
「佐藤っていう男と和葉っていう女だな?特徴かなんかも教えてくれよ」
「男はさっきも言った通り病院にいる。つまりは、何かしらの病気とか怪我とかをしてるってこと。」
「和葉っていう女性は茶髪のボブカットで《ミクルナビル》が彼女の職場よ。あの辺歩いてれば多分見つかるわ。」
「茶髪のボブカットって結構居そうだけど…」
「大丈夫。ひと目でわかるわ。あの子だいぶ綺麗な人だからね。」
「それじゃあそこを調査してくる!」
「はい。行ってらっしゃい」
聞くだけ聞いて魔理は直ぐに部屋を抜け出し、箒に乗って陽の落ちた空を駆けていく。
その光景を見た時械神は《ふぅ…》と一息付き茶をすする。その後彼女が開けっ放しにした戸を閉めに立ち上がり近くまで行く。その時、時械神の視界端に氷柱のような羽が一瞬写り見えた方向をすぐに向くが、そこに《彼女》の姿は見えなかった。
「やれやれ……何を今更隠れるのか…。」
「私に用があるんだろ《チルル》?」
虚空に話しかける時械神だが、その声を聞き恐る恐る顔をのぞかせる少女の姿があった。
「あ、あたしのことみんな探してる?」
「金髪魔法使いと我らが巫女様は探してるわね。」
「あたしって怪異扱いになって消えるの?」
「さぁねぇ?けど、あの巫女様もそこまで鬼畜じゃないわ。多分。」
「この力はどうやったら無くなるの?」
「あんたが《彼》の事を想うのを辞めたら消えるぞ。」
「あたしもう彼のことなんて知らない!そう思ってるのに消えないよ!!」
「それは本心なのかな?本心じゃない限り消えることはない。」
「うっ……」
「諦めきれない自分が心のどこかにいるんだろ?」
「踏ん切りが付けられないなら荒治療になるが巫女様に退治されるしかほかない。想いの力と言えば聞こえがいいが、ある種の呪いに近しいものだ。解除方法は今言ったものか退治されるかの二択だよ。」
「そんな……」
「それほどまでにお前さんは彼のことを想っていた。それだけの話だ。別にいけないことではない。他種族だろうと誰かを慈しむ心はみな持ってる。」
「彼を忘れるにはどうすれば……」
「そんなの私には分からないさ。けど、お前さんは忘れるという選択肢でいいのか?」
「だって、それしか方法は……」
「まぁ、お前が決めた道に私が何か言う必要は無い。最後に判断するのはお前自身だ。あとは、時の運命に身を任せるしかない。」
「そんな……」
「私もなにかしてあげたいが出来なくてね。済まないな。」
「……分かった。ありがとうお話してくれて。」
「困った時はお互い様ってやつよ。」
いつものわんぱくな彼女の姿はなく妖精でも珍しいお礼とお辞儀をして社を後にした。
「はぁ…全くだな。運命っていうのは神ですら変えられないもの。つっても私は変えられないだけで他の神は変えられるかもしれないがな。」
「なんにせよ、皆が微笑ましく暮らす世界など無理な話なのだな。生き物全てに言えるが始まりがあれば終わりがある。その終わりが遅いか早いかの問題なのだ。失うことの怖さは神や妖精のように不老不死に近しい人物と言えど、慣れることはなくいつも心苦しいものだ……。」
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