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「わっ、びっくりした。なーんだ、あずみんか」
「……」
「顔暗いぞ? 取り敢えず、家上がってくれ」
無意識のうちに走ってきていたのは、空澄の家だった。チャイムを慣らそうとすれば、顔の暗さからか不審者だと勘違いされ、取り敢えず自分の名前を言ったところ、空澄の友人と判断されたようで、こうして家に通されたわけだ。
(……何かガキみたいだな)
初めてあんなに先生に反抗した気がする。
人は二度反抗期があるらしく、一回目は先生と出会った当時の俺、そして2度目はきっと今日のこれのことを指すのだろう。反抗期と言っても一日で終わるものじゃないし、まだ頭の整理がついていないため、今日だけで終わらないのは確かだった。
空澄は俺を部屋に通すと、甘い物がいいらしいぞ! とパタパタと出て行き、甘ったるいキャラメルラテのようなものをもってきた。
「俺は、甘い物苦手だ」
「あっ、悪い、そうだったな。じゃあ、俺様が二つとも」
「…………出された物は飲む、大丈夫だ」
と、俺は一口飲んだ。
やはり、甘くてあまり好きになれなかった。だが、高ぶった気持ちを、絡まった思考回路をやんわりとほどいていくような、脳に染み渡る甘さは、今回ばかりはよかった。頭が冴えた。
空澄は、俺の表情を見て察してくれたようだったが、何も言わずにただ微笑んでいた。
「空澄は、何も聞かないんだな」
「うん? 何もって何のことだ?」
「……いや、何も分からないならいい」
「でも、あずみんが悩んでるって事は見てて分かるぞ?」
そう空澄は言った。
顔を上げれば、空澄はいつもの眩しい笑顔で俺を見つめており、ルビーの瞳は部屋の照明を受けて輝いていた。
全て話してしまえば楽になるのだろうが、先生と俺の問題に空澄を巻き込むわけには行かないと思った。親子げんかのようなものだったから。
そうして、俺達の間に暫く沈黙が続いた後、俺は絶えきれなくなり、この間聞こうと思っていたことを空澄にぶつけた。
「空澄は……」
「うん」
「……進路、とかどうするか決まっているのか?」
「進路?」
何の脈絡もなしに言い出した俺に、空澄はキョトンと首を傾げた。
それから、ちょっと待ってくれ! と空澄は言うと、頭を凄い角度で捻って唸っていた。そんなに悩むことなら、まだ答えを出さなくてもいいんじゃないかと思ったが、空澄はそっと俺の方にやってきて何故か耳に手を当てた。
「ここだけの話、まだ父さんとかに話してないんだけどな。俺様、漫画家になりたいんだ」
「まん、がか?」
「漫画家」
「いや、聞えてるし、分かるが。でも、何で?」
「また、あずみんに単純って言われるかもだけど、俺様絵を描くのが好きで、ずっとそっちの方に進みたいなあって思ってて。でも、家が家だから言い出せなくてさ。悶々として、そこで漫画に出会って、自分の世界を表現できるならこれかなって思って! あと、一人で生計立ててる奴もいるらしいからな! 独り立ちしたいんだ!」
と、どこから突っ込めば良いか分からない回答に俺は頭を抱えた。
そっち系にいきたい、つまり、美大か芸大に進みたいということだろう。そして、漫画家になれば家から離れられると、そんな一人で生計立てているような漫画家は少ないのに相変わらず世間を知らないという感じの回答に俺は空澄らしいと思ってしまう。でも、その目が本気だったのは、コソッと俺に話したのは、きっと空澄が誰にも言えない悩んで抱えて、出した答えなのだろうと。
(羨ましい……)
夢を持って、夢を抱いて……そして、未来の自分をみている空澄が羨ましく思えた。
出会った時も、住む世界が違うと、何でも持っている空澄に妬みや憧れ、微笑ましいと思った。あの時と同じものを今俺は心の中で思っている。
馬鹿みたいに真っ直ぐで、自分に素直で無性に向ける眩しい笑顔が、それに導かれた俺は、きっと空澄の影響を受けて未来に憧れを持ってしまったんだろうなと。
空澄と出会わなければ、俺も夢を抱けなかったのかも知れない。
(……俺も、素直になれれば。なりたいって、そう思うだけでいいのに)
「でも、そう思わせてくれたの、あずみんだぞ」
「俺? 俺が、いつ?」
「あずみん、まさか覚えてないのか!?」
「あ、ああ……いつ、そんな、俺がお前の人生左右するようなこと」
身に覚えがないと言えば、空澄はショックを受けたようにうずくまった。
それから、大きく溜息をつくと、空澄は俺の手を掴んで引っ張り上げ両手で握りしめた。
「あずみんが、美術部に入ればって言ってくれたから、俺様は絵に出会った。あずみんが、俺様の絵が上手いって言ってくれたから、俺様は自分に自信が持てた。これが好きなんだって気付けた。全部、あずみんのおかげなんだよ」
「いや、俺は……」
後ろめたい過去。
美術部に入ればと言ったのは、空澄を門前払いするため。今更カミングアウトしても、空澄は信じないだろう。
「あずみんが、どういう理由でいったかは知らないけど、俺様にとっては友人の大切な言葉で。俺様はあずみんの言葉に励まされてきたんだ。だって、あずみん、俺様が撃たれた後ずっと目を覚ましてくれって祈っててくれたんだろ?」
「……それは」
「あずみんが凄い奴って、俺様にとって大切な奴って、俺様ずっと分かってるんだからな」
そういった空澄の笑顔は、先ほどの俺の悩みなど相殺するように吹き飛ばしてしまった。
(俺も、お前に――)
誰かの言葉で背中を押される、それはその人にとってどれだけありがたいことで、感謝を伝えても伝えきれないことか。俺は、ずっと前から知っていた。