テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#オリジナルキャラ含む
#ドッキリ
前髪命 ◤ウオタミ◢
253
フルーツ飴@イラコン開催中!
964
第二話 「いつかの記憶」
_夢を見た
まだ幸せな頃
たった二年前の記憶だった
この日は六月の、少し蒸し暑い日だった
傷ついた家具
所々破れた障子
ヒビの入ったガラス
そんな古びた家に住んでいた
気付くと、自身の部屋にいた
畳四畳ほどの狭い部屋だ
窓からは長く伸びた蔦がこちらを覗いている
勉強机は薄黒く汚れており、消しかすが散らばっていた
何度も使い古された本や参考書が棚に並べられている
ふと、部屋の扉の奥から何かを焼くような軽快な音が聞こえてきた
俺は腰を上げると、部屋の扉を開けた
「………!」
そこにいたのは_
「…あ!ごめんね、私今からお仕事があるから、お昼ご飯は先に食べててくれる?」
振り向くと長く伸ばした黒い髪が揺らめいた
誰よりも優しく、幸せになって欲しかった人
「…姉貴、いたのか」
姉の手に持っているフライパンからは香ばしい匂いが漂ってきた
だが、そんな事は何故か脳内には取り込まれてこなかった
「…どうかしたの?」
「!う、うんん、なんでも無い」
あまりに固まっていたからか姉の彗《すい》は近づいて顔を覗き込んでくる
俺は慌てて一歩後ずさった
「?変なの〜」
姉はにこっと微笑んだ
口角が上がると共に、えくぼが現れる
その柔らかく温かい笑顔がいつだって心を満たしてくれる
姉といる時だけは、何故か自然と安心できた
姉の持っているフライパンには出来たての炒飯が入っていた
一粒一粒の米が輝き、胡椒の匂いが香ばしく漂い、鼻をくすぐる
「…これ、炒飯?飯は俺が作るから姉貴は休んでてよかったのに」
そう言うと、姉はむっと頬を膨らませて炒飯の入ったフライパンを置くと、両手で俺の頬を挟んだ
長く細い指が俺の頬をむにっと挟む
だが、そこには確かに温もりがあった
姉の顔が近づき目の前まで迫る
「あのね、私は姉なんだよ?いつも弟に任せっきりなんだから少しは姉らしいことしないと」
その言葉に俺は思わず否定をしたくて言い返した
「…違う。姉貴は昼も夜も働いてくれてるんだから、家の事は俺に任せて欲しいんだよ。姉貴は疲れてるんだから少しは休んでくれ…」
姉は、その言葉にはっとした
「!…でも…。…分かった、ありがとね、空《そら》」
姉は何か我慢したような表情に一瞬なったが、それを飲み込んだ
両手を俺の頬から離すと、右手で俺の頭を撫でた
「ちょ、ガキじゃないんだから…!」
「ふふ、お姉ちゃんにとってアンタはまだガキですよ〜」
俺は嫌がりながらも、その状態を幸せに思えた
三年前に両親が交通事故で亡くなってから、姉は昼も夜も働くようになった
本当は大学に行けるほど成績もよく、優秀だったのに、今では近くのスーパーに通っている
その事を俺はずっと気にしており、姉に迷惑をかけないようにと家事全般をやった
だが、それが何故か姉は気に食わなかったようだ
それも意味が分からなかった
すると、姉は突然手を離し、俺に向かって静かに微笑んだ
幸せそうな、だが、悲しそうな。
儚く、今にも灰になって崩れて消えていきそうな笑み
静寂だけが部屋を包み込んだ
その一瞬だけは、世界が滅んだかのように静かだった
部屋の温度が下がったような感覚が俺を襲う
「…空は今、幸せ?」
唐突に、そう問われた
胸の奥深くを突いてくるような問いだった
だが、俺には迷いはなかった
ただ、純粋に思っている事を言うだけ、簡単な事だ
「幸せだよ」
再び一瞬だけの静寂
ただ、そこには先ほどまでは無かった温かみが確かにあった
「…私も。大好きだよ、空」
_あの日は、蝉の音がやけにうるさくて、もう秋なのに暑苦しかった
俺は夕陽に照らされる路地を買い物帰りに歩いていた
今夜は姉の大好物の肉じゃがを作る予定だ
家に着いて、扉を開ける
家の中は静かだった
(あれ、姉貴は仕事に行ったのか?…でも、この時間帯は)
その時、突然誰かに腕を掴まれた
「っ!?」
「しーっ」
姉だった
姉は人差し指を口元で立てて静かにするように合図をした
姉はすぐに俺を引っ張りだした
俺は買い物袋を玄関に置いたまま引きずられて行く
状況が理解出来ずに混乱している俺は、姉にリビングの奥にある古びたクローゼットに入れられた
「…姉貴、どう言う事だよ…!?」
姉はクローゼットの扉を閉める直前、今まで無表情だったのに、微笑んだ
(………は?)
その笑顔は、どこか苦しそうな、我慢しているような、何かを恐れて無理矢理つくった笑顔だった
「…絶対に、出ちゃ駄目だからね」
真剣な顔でそう言うと、そのまま俺はクローゼットに押し込まれて、扉を閉められた
_ 暗い。
静寂と無音が襲ってくるクローゼットの中で響くのは自分の鼓動だけだった
姉の目的は一体なんなのか、考えても何も思いつかなかった
不意に、外から物音が聞こえた
「……わけ……!」
姉が何か言っている声が聞こえた
直後に聞こえる破壊音
俺はなんとか暗闇のクローゼットに見つけた穴から外の様子を少しだけだが、見ることができた
直後、黒い俺の瞳に、心臓が止まるような光景が映った
姉の腹に、刃物が突き立てられた。
「姉貴…!!」
後ろ姿しか見えないが、大量に出血しているのか床に赤黒い何かが垂れていった
外には黒いフードを被った人物が二人いる
そいつらは俺の声には気付かなかったようで、すぐに去っていった
まるで、何かを急いで探しているようだった
姉はふらつきながら後ずさると、クローゼットの前で倒れた
俺は急いで重い扉を開けて姉に駆け寄った
「姉貴!!」
姉は端から血が垂れた口をなんとか開けた
「……ごめ…んね………」
直後に、吐血した
姉の白いスカートが痛々しく真っ赤に染まる
恐ろしいほどに白く冷たくなった手が、弱々しく俺の頬に触れた
ただ、その手までも真っ赤に染まっており、傷だらけだ
腹部からは大量に出血していて、床に赤い花が咲いていく
_何も、出来なかった
「逃げ、なさい…」
その言葉が鼓膜を震わし、鳥肌が立つ
「っ、救急車…!」
すると、玄関の方から何かが焦げ付く臭いが鼻を掠めた
先ほどの奴らが火をつけたのだ
「…逃げ、て…。…もう……」
間に合わない。その言葉が脳内に響く
携帯を持つ手は絶望に落ちていく
静寂が響き、俺の中のドス黒い何かが湧き出てくる
「………誰だ」
俺の口から溢れていく言葉
携帯を持っている手に力が籠り、どこからかぴきっと音が聞こえた
自然とトーンが下がる
その一つ一つが、怒りの感情を、それ以上とも言える感情を込めていた
「誰が姉貴を刺した…?何で姉貴が刺されなきゃいけねえんだ?何で!?」
次第に声が大きくなり、張っていった
古い家だからか、火の回りが早く、すでに周りには炎が迫っていた
皮膚が焼けるように痛かった
だが、それよりもなお、俺の中ではらわたが煮え繰り返っていて、身を焦がしそうだ
あの時
クローゼットの隙間から見えた”奴”の服に刻まれていたマーク。
少しは見えたが、それから先は見えなかった
燃え盛るような漆黒の炎が文字を纏ったようなマークが、脳内に刻まれている
「…空…。逃げ、て…。どこか…遠くに……」
姉の口から溢れゆく言葉は震えていた
その震えた言葉が、混乱している俺の頭の中を静かにまとめる
「…許さない。姉貴をこんな目に遭わせた奴を…!」
初めてだった
人、いや、人間に対してこれだけの感情を持ったのは。
姉の瞳から、一筋の雫が頬をつたう
ガラス玉のようで、今にも崩れ落ちそうな、綺麗な藍色の瞳だった
姉は瞳を閉じた
俺の頬に触れている手も、震えていて、今にも崩れ落ちそうだ
氷のように冷たくて、生気なんて感じられないほどに青白い
俺はそれを落とさないよう、必死に自分の手で支える
「姉貴…!」
近づいてくる、考えたくも無い現実。
「……空…」
現実という名の、「死」が近づいている気がした
行かないでくれ
もっと話したいことが、やりたい事が沢山あるんだ
姉は力を振り絞って、ただ、優しく言った
「……あり、がと………。だい…す、…………き……」
痛みや苦しみなんて感じさせない、微笑み。
俺の手から、白く細い手が滑り落ちた
「………………。」
「…………姉貴……?」
姉は、それから二度と瞳も口も開かなかった
聞こえるのは、家を焼き尽くす炎の音と、心音と、荒くなる呼吸音だけだった
「姉貴…?…姉貴…?」
問いかけても、返事は無い
体を揺さぶっても、その手は動かない
喉の奥から、獣のような咆哮が漏れる
玄関の方から、足音が聞こえた
どうやら、俺がいたのに気付いて”奴ら”が戻ってきたようだ
「はぁ…はぁ…はぁ…っ!」
視界が、真っ赤に染まった
_気付くと、家の前に立っていた。
俺の両手は、姉のものだろうか、赤黒い血がついていた
家はすでに倒壊しており、今から消火しても、もう手遅れだろう
辺りには通報を受けた消防隊や、近隣の住民が多く集まっていた
俺はなぜ、ここにいるんだ?
視界が真っ赤に染まった後の記憶が、綺麗さっぱりと消えてしまっている
ただ、これからやるべき事は決まっている
少年は、近くの路地の奥深い場所まで歩き、そこから姿を消し、二度と現れる事は無かった
_底に沈んでいた意識が、静かに浮いてきた
目を覚ますと、牢屋のような場所にいた
(…さっきのは…昔の記憶か……。…一体、ここは……?)
立ちあがろうとした時、ふと気付いた
「…!?」
俺は、縄で厳重に椅子に縛り付けられていた。
コメント
1件
姉の優しさがにじむ日常パートがすごく温かくて、そこからの急転直下が心臓にきたよ…。特に「逃げなさい」って必死に言うシーンと、最後に微笑みながら手を滑り落とすところ、涙止まらなかった😭 クローゼットの隙間から見えたマークも気になるし、空の復讐心に胸が締め付けられる…。続きが待ち遠しすぎるっ!