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「いってらっしゃいませ。大納言様」
上野は、主に向かって頭を下げた。
見送りを受ける屋敷の主人、守近は、おやっと、小さく声を挙げる。
「つれないなぁ。いつも通り、守近で、良いのに」
「なっ、何を仰られますことやら!」
上野に、他の女房達の視線が突き刺さる。絶対に、誤解をしている。いや、守近自身が、誤解させようと、遊び心を働かせている。
上野にとっては、この後起こるだろう、女の諍いが恐ろしく、余計な事を言ってくれるなと言い返したいところだった。
「守近様、戯言は、そこまでにしてください。妹は、もう、成人しております。仰られているのは、五つの時の、紗奈《さな》の話。女童子《めどうじ》時代と今を一緒にしてもらうのは、困ります」
列《つら》なる女房を避けるように現れた、長身の若者は、つらつらと口上を述べると、框《かまち》に置かれる主の沓《くつ》を揃え、牛車《くるま》の用意をと、下男に指示をだした。その動きに、無駄は見られない。
「あー、長良《ながら》ぐらいだね、私のことを、守近と呼んでくれるのは。大納言、は、どうも、気後れしてしまう。呼ばれる度に、ふんぞり返らねばならないような気がしてねぇ」
出発の手配を整える若者は、ちらりと、守近を見ると、
「長良とは、誰のことでしょう。私は、常春《ときはる》でございますが?」
「あー、これは、また、兄妹《きょうだい》揃ってつれないこと。まあ、いいさ。では、お前達、徳子《なりこ》姫の事を頼むよ」
守近は、やり取りを見ている女房達に声を掛けた。