「あ…外に…出ようと…」
「まだ回復していないだろう。部屋に戻れ」
「でも…迷惑…」
「いらぬことは考えなくていい。おまえは自分の体調が回復することだけを考えてろ」
「うん…」
頷いて腹に回されたリアムの腕を解こうとすると、いきなり膝裏をすくわれて抱え上げられた。
「え?あっ…じっ、自分で歩くからっ」
「駄目だ。まともに歩けないくらいふらついてるじゃないか」
「ごめん…」
「…謝らなくていい。迷惑だと思うなら最初から助けていない」
話す内容は優しいのにリアムの声が怒ってるようで怖い。
僕はリアムの顔が見れなくて、固く握りしめた両手をただ見つめていた。
ベッドの上に降ろされた僕は言われるままに横になった。だけど眠る気にはなれない。
リアムはすぐに出て行くと思っていたのに、窓辺に立って外を眺めている。
しばらく沈黙が続いていたけど、重い空気に耐えきれなくなって僕は口を開いた。
「リアム…は、トルーキル国に向かってたんじゃないの?」
「ああ」
窓を向いたままリアムが答える。でも窓に映る紫色の瞳がこちらを見ている。
僕は思わず目を逸らして自身の指先を見つめた。
「どうして…僕を、助けてくれたの…」
「…フィーがいなくなったあの日、トルーキルに向かおうとした。だが…気がついたらおまえの後を追いかけていた…」
「どうして?だって僕は…男だよ。もう知ってるでしょ。リアムを騙してたんだ…ごめんなさい」
「いや、違うだろ。俺が早とちりして女だと思い込んだだけだ。フィーは言い出せなかったんだろ?」
僕は服を強く掴んで、絞り出すように声を出す。
「ちがっ…違うっ!女だと思ってくれてた方が…助けてもらえると思ったんだ!男だとわかったら見放されると思ったんだ!…せっかく助かった命だから…僕は…もう少し生きたかったんだ…」
「……」
大きな声を出したせいで、傷がまた痛くなってきた。それに頭も木槌で叩かれたように痛くて目が回っている。それでも僕は、ふらつきながらベッドを降りてリアムの前に行き頭を下げた。
「僕は…あなたを利用してました…申し訳ありません。どんな罰でも受けます…」
床に透明の雫がぽたりと落ちる。
これは涙か汗か。足が震える。目が霞む。嫌だ。もう嫌だ。もう疲れた。病弱な姉上に対して僕はなんてしぶといのだ。しぶとく生き延びていれば幸せになることもあるかと思ったけど、もう本当に疲れた。
だからリアム、どうか僕に罰を。あなたを謀った罪で僕を殺して。
「お願い…」
「バカめ」
ふらりとよろめいた身体が抱きとめられる。
「離して…」
「うるさい、バカめ」
またバカと言われた。そんなにバカだと思うなら早く僕を殺してよ。
心の中でそう願ったことが声に出ていたらしい。
「殺すわけないだろう。おまえは俺の…」
「な…に…?」
顔を上げてリアムを見る。でも目眩と耳鳴りがひどくて、リアムがなんて言ったのかがわからなかった。
結局はまたベッドに戻され、今度こそ起き上がることを禁じられた。何度も倒れそうになったのだから仕方がない。
僕は仰向けになり大きく息を吐いて目を閉じる。するといきなり首に冷たい物が触れて肩が跳ねた。目を開けるとリアムがベッドの端に座り僕の首に手を当てている。
「ひっ…」
「あ、悪い。顔が赤いから。おまえ熱があるじゃないか。医師め…もう大丈夫だと言っておきながらどういうことだ?」
「ちが…ごめん。僕が動いたりしたから…。あの人を怒らないで…」
「なあ、医師が話してたんだが、毒に耐性があるんだって?」
首に触れていたリアムの手が僕の頬に移動する。冷たい手が火照った頬にとても気持ちがいい。
僕は熱い息を吐き出して目を細める。
「うん…子供の頃にね…食事に毒を盛られたり、毒矢で狙われたりしたから…」
「なんだとっ?なぜそんな目に……いや、いい」
今度はリアムが視線を逸らした。
僕は汗ばむ額を手の甲で拭ってまた息を吐く。
「ふぅ…楽しい話じゃないから…聞かないで。それに回復したら…すぐに出て行くから」
「えっ?」
「だって…僕が、リアムの傍にいる必要…ない…」
「そうだな…」
視線を戻したリアムの顔が苦しそうだ。
なぜそんな顔をしてるの。苦しいのは僕の方なのに。
僕は頬に添えられたリアムの手を掴むと、そっと離して反対側を向いた。
リアムはしばらく動かなかったが「薬をもらってくる」と言ってベッドから離れた。離れる際にリアムの手が僕の銀髪に触れたような気がした。
薬を持って来たのは医師だった。今度の薬は赤い色をしていて、僕はまた顔に不安な気持ちを出していたらしい。
医師が「これは甘いから飲みやすいですよ」と笑った。
薬はよく効いて、少し微睡んでいる間に熱が下がり頭の中がすっきりとした。目覚めて厠に行こうと起き上がっても目眩がしなかった。
でも動いてまた倒れたら余計に迷惑をかけてしまう。だから朝まで大人しく寝ていた。そして外が明るくなり始めた頃に起きて、棚の中のシャツと黒のズボンを拝借して着替え、剣と鞄を持って部屋を出た。
ここは僕がいた城に比べればとても小さいけど、それでもかなりの広さがある。幾つかある部屋の扉や一定の間隔で壁に取り付けられた燭台は、豪華な装飾が施されている。リアムはかなりの資産がある貴族なのだなとわかる。
身体が辛くて聞けてなかったけど、トラビスに刺された僕をどうやって助けてくれたのか気になる。ここを出る前にリアムに礼を言い、トラビスがどうなったのかを聞こう。そして今度こそ、きちんとさよならを言おう。
昨夜にリアムと会った場所の近くにリアムの部屋があるに違いないと廊下を右へと進む。突き当たりの角を曲がり階段の上に差し掛かった所で、下から揉めている声と階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
「連絡くれるの遅くないですかっ?俺はずーっと心配で眠れなかったんですよっ!」
「それは奇遇だな。俺も眠れていない」
「でもあん…リアム様はフィルの傍にいたじゃないですかっ?いつでも様子を見れたでしょうがっ!俺は会いたくても会わせてもらえなかったんですから!」
「おまえはうるさいな。フィーはまだ全快してないのだ。騒ぐなら会わせないぞ」
「うっ…!すいません…」
「ノア…?」
階段を曲がって現れた姿を見て僕は上から声をかけた。ノアだ。ノアを見てなぜかとても安堵した。
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