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「ごめんなさい、晴友くん…」
カウンターに戻った早々、わたしは晴友くんに頭を下げた。
今回ばかりはグズってって責められても仕方がない。
叱られる覚悟で謝ったんだけれど…
「こっちに来い…!」
乱暴に腕を掴まれ、キッチンの方に連れて行かれた。
そして、
「指、見せてみろっ」
有無を言わさず、わたしの手を握った。
「コーヒーかかったんだろ。火傷してないか?」
責めるどころか、晴友くんはわたしの指を心配してくれた。
指は今もジンジンしていた。
たぶん、火傷している。
でも、これはわたしがしっかりと接客できなかったせいで負ってしまった自業自得の痛みだ。
晴友くんに気にかけてもらうことじゃない。
「ん…大丈夫…たいしたこと」
「あるだろ?すげー腫れてる」
言うなり、晴友くんの手がわたしの指に触れる。
なんだか情けなくて、
「大丈夫!なんともないよっ!」
手を引っ込めて、熱湯で洗ったばかりで熱くなっているソーサーを運ぼうとしたんだけど、
「っ…!」
じん、と痛んで、思わず手を離してしまった。
「ったく…」と晴友くんが呆れた顔をした。
そして、氷をいれたボールに水を張ると、中に指をそっと入れてくれた。
「しばらくこうして休んでろ」
「でもお店」
「いいから!」
叱るような強い口調に、わたしは口を閉ざす。
けれども、そこにはさっきのサイテー男たちを追い払ったような冷静さはなかった。
どこか切羽詰ったようで…苦しそうで…。
「どうして…言うことをきかなかったんだ」
「え…」
「『絡まれたら絶対に俺を呼べ』って言っただろ。ヘンな意地張らないで、とっとと俺に任せてればよかったんだよ」
晴友くん…。
じん、と胸がうずく。甘く切なく…。
らしくないよ…晴友くん…。どうしてそんなにやさしいの…。
「だって…わたしが取材ででしゃばったせいで来たお客さまだったから…わたしが責任もって対応しなきゃ、って思って…。
忙しそうにしているみんなに迷惑はかけたくなかったの…」
「…バカか…半人前のくせに、生意気言ってんじゃねぇよ」
晴友くんの眉間に、さらに深くしわが寄った。
…そう、だよね…。ちゃんと対応できる自信はなかったのに…。
結局こんな風に迷惑かけることになっちゃったら、意味がないよね…。
でも…
でもね…。
「早く、一人前になりたかったんだもん…」
「……」
「…晴友くんに、認められたかったんだもん…!」
不意に。
肩を強く引き寄せられて、身動きがとれなくなった。
え…?
視界の先には真っ白いシャツ。
頭を押さえつけられて、頬から温かさが伝わってくる。
トクトクトク
と早いリズムさえ感じた。
「くそ…。ほんとどうしようもないな、おまえは…」
これ以上、好きにさせるな…。
耳をかすめる吐息のようなその声は、お店のざわめきでよく聞こえなかったけれど、そう、つぶやかれているような気がして…
わたしは思わず息を止める。もう一度聞こえないかと、願うように…。
けど、晴友くんはわたしを突き放すと、無かったかのようにぶっきらぼうに言い捨てた。
「いい加減、俺を困らせるのやめろって言っただろ。
今度こういうことがあったら、絶っ対に助けてやらないからな」
「…」
「おまえなんか、どうせいつまでたったって鈍くさい半人前なんだから、ヤバい時はおとなしく俺を頼ればいいんだ。わかったか、グズ」
晴友くんは棚の奥から軟膏を出すと、わたしのそばに投げ捨てた。
「あと10分冷やしたら、それ塗って今日はもう帰れ」
「…え…でも…」
「またコーヒーひっくり返して客にでもかかったらたまんねぇんだよ、バカ。わかったか」
いつものキツい言葉がグサグサ刺さってくる。
はい…としょんぼりうなづくしかないわたしを残して、晴友くんはさっさとホールに戻ってしまった。
さっきのやさしさは、ほんのちょっとのきまぐれだったのかな…。
わたしがあんましみじめだったから、さすがにと思って慰めてくれたのかな…。
というか…。
わたし…晴友くんに抱き締められた…?
ほんの一瞬のことだったけれども、そのぬくもりは、たしかにわたしの肌に、心に残っていた…。
わたしと同じくらい高鳴っていたその胸の鼓動と一緒に、ありありと…。
うそ…。
これは、夢…?
かぁああ、と身体中が火照った。
指の痛みも気にならないほどに、熱く…。
わたし…晴友くんに、抱き締められちゃったよ…。
どうして…??