「ごきげんよう、日菜さん」
「ごきげんよう」
放課後。
クラスの子たちのあいさつに返すと、そのなかのひとりがにこやかに誘ってきてくれた。
「わたしたち、これから三神さんのお家のお車で最近オープンして話題のお店に行くんだけど、一緒にどう?」
と、教えてくれたその店名は、フランスの一流ホテルで修業をつんだパティシエが作るスイーツが話題になっているケーキ店。雑誌で何度も紹介されている。
そういえば、お兄ちゃんも太鼓判を押していた。
うー行ってみたいなぁ。
けど…。
「あらだめよ。日菜さんはお忙しいのよ。だって、アルバイトしているんですもの」
「ええ!?」
「アルバイト??」
みなさんはとんでもないことを聞いたかのように、眉をひそめあった。
わたしの学校に通う子のほとんどは、有名会社の社長さんや政治家、お医者さまといった裕福な家の方たち。
だから、わたしがアルバイトを始めたことにとても驚いている。
「どうしてアルバイトなんて?おうちになにかあったの?」
「そんなはずないわ!だって日菜さんのご家は全国に支店数多く出している三ツ星洋菓子店ですもの」
「じゃあどうしてアルバイトなんてしているの?」
興味津々な視線が集まってきて、わたしは言葉に困る。
まさか「好きな人がいたから」なんて…恥ずかしくて言えない。
けど、みなさんはそれぞれの事情と照らし合わせて、いろいろと詮索を巡らしていく。
「わかった。きっと『社会勉強の一環だ』ってご両親に命じられたのね!私みたいに、日菜さんもいずれはお店の経営を継ぐんでしょ?お兄様がお父様の後を継ぐパティシエなら、日菜さんは経営を担っているお母様の後を継ぐって決められているんでしょうから」
「なるほど。それなら納得ね。実はあたしもお父様に『勉強もかねて、今度の選挙戦のサポートに事務所の手伝いに来なさい』って言われているの。すっごくゆううつ…。おたがい、お家がたいそうだと大変よね。じゃあ、ケーキはまた今度にしましょう?」
「ええ、ありがとう…」
笑顔をつくったその時、スマホが鳴った。
祥子さんからだ。なんの用事だろう?
届いたメールを見てみると、
『火傷だいじょうぶ?指のことも考えて、今日はお店には来なくていいから、代わりに別のお仕事を頼まれてくれる?詳細はもう少ししたら連絡が入ると思うから』
とあった。
そんな…。申し訳ないなぁ…自分のドジで負った怪我なのに…。
けど『別のお仕事』ってあるな。なんだろう?
「わ、見てみて、あそこにいる人すっごいかっこいい!」
「ほんと!男の子どっちもすごいイケメンね!」
スマホを見て首をかしげていると、先に玄関を出ていたみなさんが、急に興奮しだした。
「一緒にいる女の子もすっごい綺麗!モデルかなにかかなー?」
「えーでも見たことないよ?」
「制服は…多分、公立の方たちよ。えっと…N高校かしら?」
聞こえた名前にわたしははっとなった。
その学校は晴友くん拓弥くん美南ちゃんが通っている学校だ…。
「あのさ」
低い声がぶっきらぼうに話し掛けてきた。
聞き慣れたこの声、喋り方は…
「…ここに立花日菜がいるって訊いたんだけど、知ってるか?」
晴友くん…!?
ど、どうしてここに?
「ひ、日菜さんならそこに…!」
と、話しかけられた子がわたしを指差すと、
「おい、日菜」
「は、はい!」
バイトの時と同じ命令口調が飛んできた。
晴友くんは他の女生徒から向けられる興味津々のまなざしをわずらわしそうにしながら続けた。
「姉貴からも連絡あったと思うけど、今日は『別の仕事』入っただろ」
「あ、はい…」
「付き合え」
ええ…!
付き合うってどこへ??
まわりのみんなも、顔を赤らめて顔を見合わせている。
さっきのクラスメートが、駆け寄ってきた。
「日菜さんどういうこと?このカッコいい人誰??」
「わかった!日菜さんのアルバイト先の店員さんでしょ!」
「えーズルイ!こんなかっこいい人と一緒に働いてるなんてーっ」
「紹介して!」
と囲まれていたら、つかつかと晴友くんがやってきて、
「さっさと来い」
「あ…!」
わたしの手をつかんで、クラスメートたちの壁から連れ出した。
その強引さは、昨日の抱き締められた時に似ていて…ドキドキと胸が高鳴る。
「…ま、待って晴友くん…どこに行くの??」
「どこって決まってるだろ。仕事だよ」
どうにかみなさんにお別れのあいさつをすると、わけがわからないまま、わたしは晴友くんに連れて行かれた。
※
「日菜ちゃん!おつー」
「おかえりー日菜ちゃん」
校門まで行くと、拓弥くんや美南ちゃんまで来ていた。
「みんな…どうしたの?」
びっくりするわたしに美南ちゃんがにっこり笑って答えた。
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