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眠狂四郎
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グラン王都では、華やかな凱旋式が三日三晩にわたり執り行われた。
人々は、ようやく訪れた平和に安堵し、街は歓喜に包まれる。
とりわけアグリの活躍は人々の語り草となり、
その名は英雄として王国中へ広まっていった。
こうして、エウロピア、エイシア、アウリカの三大陸を結ぶメデタレーニアン海は、
完全にグラン王国の内海となった。
イージプからもたらされた富は莫大なものとなった。
英雄アグリの名を冠した大浴場の建設が発表され、人々は歓声を上げる。
一方、マエクスは自らの財を投じ、劇場の建設計画に胸を躍らせていた。
王都は祝賀の熱気に包まれていた。
だが――。
ライナーは宴の席をそっと抜け出す。
静かな執務室で、一冊の本を開いた。
それは、シャチトルの日記だった。
十三歳で王位に就き、巨大な王国を背負うこととなった少女。
その小さな肩にのしかかった重圧と孤独が、
一頁一頁に余すことなく綴られていた。
ライナーは、自らが王となった日のことを思い出す。
誰にも弱音を吐けず、ただ前だけを向き続けた日々。
「……そうだったのか。」
静かな部屋に、その呟きだけが響いた。
一筋の涙が、開かれた日記の上へ静かに落ちた。
「私は、戦争による富の収奪をこれで終わりにしたい。」
アグリとスピリタスを前に、ライナーは静かに語った。
「これからは、平和による繁栄を市民に享受してもらいたいのだ。」
スピリタスは一歩前へ出る。
「ですが、バルカは必ずグランへ牙をむきます。」
続いてアグリも口を開いた。
「北の動きも、なお予断を許しません。」
「備えは進めるべきかと。」
二人の進言を聞き終えたライナーは、ゆっくりとうなずいた。
「そのためにこそ、お二人へ新たな仕事を頼みたい。」
翌日、マエクスは王のもとを訪れた。
「イージプ総督にはアグリを。キュレニア総督にはスピリタスを任じたい。」
「よきご判断かと。軍事、統治ともに、あの二人なら安心してお任せできます。」
ライナーは静かにうなずいた。
「……ところで、スパルーニャは。」
「やはり降伏の意思はございません。」
マエクスが首を横へ振る。
「いずれは討伐も考えねばならぬな。」
「御意。」
その時、侍従が入室した。
「新たな元老院議員の皆様がお見えです。」
ライナーは、この戦いの後も元老院を存続させることを決めていた。
「戦勝、誠におめでとうございます。」
入室したのは、ファービー、パウルス、ワロアの三人。
長き内戦により、多くの元老院議員を失った王国は、
新たな人材を迎え入れざるを得なかったのである。
「元老院には、大いに力を貸してほしい。」
ライナーは三人を見渡し、穏やかに言った。
「そして、余に過ちがあれば、遠慮なく正してほしい。」
その言葉は、名君にふさわしい謙虚さであった。
だが――。
この日迎え入れた新たな元老院議員たちは、
やがてグラン王国の運命を大きく揺るがす存在となる。
そのことを、この時のライナーはまだ知らなかった。
「本当なのか。」
「ああ、本当らしい。」
元老院の一室では、一つの噂が囁かれていた。
「ライナー王が、ジュリアスの名を冠した新たな称号を公表するそうだ。」
「新たな称号?」
「北ではアルミンをはじめ、新たな王が次々と誕生している。」
「それらを束ねるため、王の中の王を名乗るという話だ。」
「王の中の王……。」
「つまり、それが皇帝ということか。」
「神々でいえば、ゼウスのような存在だな。」
「そんなところだ。」
部屋の空気が重くなる。
「……では、元老院はどうなる。」
「我らは、ただ王の命令に従うだけになるのか。」
「市民の声は、誰が届けるというのだ。」
その時だった。
「そんなことは、させんよ。」
低い声が部屋に響く。
パウルスだった。
「グランの公職にある者は、一兵士として戦場へ立つ義務を負う。」
「文字どおり、命懸けだ。」
「だからこそ王は、我らの意見に耳を傾け、国を正しく導く責務がある。」
ワロアも静かに口を開く。
「まだ平和は成っていない。」
「ライナーが勝利に酔い、平和に酔うようでは危うい。」
「いざとなれば……。」
「やめろ。」
ファービーが鋭く遮った。
「軽々しく口にするものではない。」
「市民は長き戦乱に疲れ果てている。」
「今、再び国を割るような真似だけは許されん。」
「なあ、ダンボ。」
バルカは、愛象の鼻を静かになでた。
「お前の好きだった姫さん……いや、女王か。」
「もう、いなくなっちまった。」
「あの嫌味なイモホテップもだ。」
「みんな……みんな死んじまった。」
スパルーニャの象舎には、静かな沈黙だけが流れる。
「兄者。」
弟マゴが足早に入ってきた。
「兵四万六千。出撃準備、整いました。」
「ですが、このまま海へ出れば、グラン艦隊の餌食になるのは必定です。」
イスカンダル奪回のための軍は整っていた。
しかし、海はすでにライナーの支配下にある。
バルカは静かに立ち上がった。
「……いや。」
「海じゃない。」
そう言って、象舎を後にした。
コメント
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第46話、読み終えました。戦勝の熱気が描かれる一方で、ライナーがシャチトルの日記を開くシーンがとても印象的でした。あの静かな執務室の空気感、一筋の涙が落ちる描写に、彼の内面の重みがじんわり伝わってきました。平和の裏で新たな元老院議員たちが動き出し、バルカも「海じゃない」と別の手を考えている——この穏やかな表面の下でじわじわと何かが蠢いている感じが、続きが気になって仕方ないです。