「何を連れ帰ってきたかと思えば……捨ててこい。元会った場所に」
「いや、それは酷いんじゃない?」
リースが真っ赤になっている。照れてるとかそういう赤面じゃなくて、怒りで真っ赤になっているのだ。
私は、いつもの事かと軽く流そうとしていたが、私も私で、紛らわしいことしている、私のドレスを掴んで離さないこの紅蓮の弟が嫌で、捨ててきて良いなら捨ててきたいという気持ちになっていた。
だって、こんなの、恋人の前で!
「お前が、捨ててこないというなら、俺が直々に捨ててきてやる。かせ」
「いや、物じゃないんだし……いや、者ではあるんだけど……ああ、じゃなくて、えっと、記憶喪失なんだって」
「それを先に言え……じゃないだろ。記憶喪失だと?此奴が?そんなわけあるか、騙されるな、エトワール」
何一人でぼけて突っ込んでいるの、と、テンションが可笑しいのか、初めからこうだったのかもう分からないし、どうでもイイのだが、一人百面相をしているリースを前に、私はどうした物かと思った。
「あの、いい加減離してくれない?」
「え、だって離したら、俺この人に引き渡されるんでしょ?そしたら、俺、海に捨てられちゃうよ。助けてよ、エトワール」
「馴れ馴れしい。やめてよ、引っ付かないで」
ベタベタと鬱陶しく私に絡んでくるので、殴っても良いかと拳を握った。だが、やり返されるかも知れないという恐怖はあったので、立ち止まる。
(殴っても何も解決しないわよ。こんな奴)
確かに、此奴は敵だったし、幾ら記憶喪失とはいえ、連れて帰ってくるなんて思わないだろう。普通。でも、連れて帰ってきた、理由はある。
「ラヴァ……ヴィ、ならアルベドの居場所を知っているんじゃ無いかって思って。まあ、でも、今の此奴じゃ何も覚えてないわけだし、ダメだけど、でも、アルベドの居場所を、アルベドが何処にいるか探したいの」
「何で、そいつらに固執する?」
と、リースの眉間に皺が寄る。
今度は私に怒りを、不満を向けられているんだとすぐにでも分かった。リースは、アルベドを嫌っていた。それは、一時期恋のライバルであり、私がアルベドをパートナーとして隣に置いていたからだ。過去の事、と流してしまえるほど、リースにとってアルベドは軽い存在ではないのだ。リースが認めた強い男だからこそ、私がこうやって話すのが嫌なんだろう。
(そいつら……か)
まあ、察しはついていたけれど、両方嫌いなんだ、リース。
呆れ半分、理解できる半分といった感じだ。
「ねえ、エトワール、この人誰?」
「え、いや、分かるでしょ。さすがに」
「偉そうだなあっていうのは分かるよ?さすがに俺もバカじゃないもん」
何だ、その子供みたいな言い方。
ぶりっこキャラまで追加するのか、ラヴァインは……と思いながらも、本気で分からないのかと顔を見る。何となく分かっている気がするけど、わざと、リースを煽っているのだとしたら……たちが悪いことこの上ない。
「この帝国の、皇太子。リース・グリューエン皇太子殿下」
「へえ、皇太子なんだ。確かに、オーラはあるけど、何というかねえ」
と、値踏みするようにリースを見るラヴァイン。
マジで、最悪だ。矢っ張り、拾ってくるべきじゃなかった。と、今更後悔している。
何でそんな態度を取れるのか……ああ、でも、アルベドも同じような物だった。兄弟似ている。今更此奴がこうだったとか、わかりきっていることだろうに。
「どうしたの、エトワール。頭が痛いの?」
「うぅ……」
「お前のせいだろう。紅蓮の弟」
そう、口を挟んだのはリースで、無理矢理ラヴァインの手を引っぺがして、私を抱きしめた。その光景を見て、ヒューと口笛を吹くラヴァイン。先ほどのあれは、煽っていたんじゃないかと、確信が深くなる。
「エトワールは俺のだ」
「ものじゃないけどね」
分かっている。と、リースは言いつつも、離さないと私を抱きしめた。
その様子を、面白そうに、本当に面白そうにラヴァインは見るものだから、これ以上見るな。何か、穴空きそう、と私は眉間に皺を寄せる。
「ああ、そういう関係?」
「どういう関係だと思ったんだ」
「いや、アンタの片思いかと思ってた。一方的に感じたんだよね」
と、ラヴァインはヘラっと笑って言った。
リースの地雷をズドンと踏んづけたような気がする。いや、踏んづけた。確実に。
「何だと?」
「り、リース。落ち着いて。此奴の、口車に乗っちゃダメ」
片思い。一方通行。
その言葉は、リースにとって耐えられないものだろう。その期間がどれだけ長かったか。ようやく、こうして私と両思いになって(と、自分で言うのも恥ずかしくて、こっちこそ一方通行なんじゃないかって不安になるけど)、平穏な日々が訪れたというのに、またそんなことを言ったら。
リースは腰に下げていた剣を今にも抜いてラヴァインに切りかかろうとしていたものだから、私は必死に止めた。いくらラヴァインとはいえ、今は丸腰だし、思えばボロボロのまま連れてきちゃったわけだから体力も魔力もそこまで残っていないだろう。拘束するなら今だ、っていうのはそうなんだろうけど。
「そもそも、エトワールが此奴を連れてきたのが……」
「分かってる、分かってるから!」
何だか、責められているような気分になった。責められているんだろう。声色で分かった。ラヴァインに煽られて、その上、私がこうやって庇うみたいな行動をとったから、リースは怒っているんじゃ無いかと思った。
あれ、私ってこんなに弱かったというか、弱腰というか。何で、男を立てるみたいなことしてるんだろう。
対等でいたい、と思っているのにリースに遠慮しているというか、リースの言葉にごめんなさいと言っている。これは、私が求めたものじゃない。
リースは、ハッと気づいたのか、それ以上何かを言ってくることはなかった。けれど、絶えず、ラヴァインを睨み付けている。
「嫉妬に狂う男は、見てて恥ずかしいぞ」
「今度、その減らず口叩いたら、貴様の首を切り落とす」
「おーこわい」
と、全然懲りていない口ぶりでラヴァインは言う。本当に、切り落とされるんじゃないかと心配になるぐらいに。
リースは、一旦落ち着きを取り戻したのか、深呼吸をして、荒くなった息を整えていた。それから、スッと私にそのルビーの瞳を向けた。悲しい色が伺えて、本当に申し訳ないことしたなあ……なんて気分になってくる。
「すまなかった。エトワール」
「う、ううん。私も、何も言わずに連れてきちゃったわけだし」
「だが、此奴は、養子には出来ないぞ」
「うわ……冗談がきつい。嫌だ、そんなの」
子供が出来るなら、私達の血が繋がった子供が良い。何て、一瞬思ってしまって、自分で自爆した。
それに気づいたのか、リースはフッと微笑んで、私の頭を優しく撫でる。こういう所は好きだ。全部好きだけど。
(笑った顔が、私に向ける顔が、素敵っていったら調子のるんだろうなあ……)
調子に乗ると、のるとで面倒くさいので、言わないけれど、心の中では何度も格好いいと言っている。いつかは、伝えてあげられれば良いけれど。
「んでー、お二人さん、俺の事忘れてるけど、俺の記憶取り戻すの手伝ってくれるんだよね?」
「は?」
「はあ!?誰がアンタと、そんな約束したの!?いつしたのよ!?」
「だって、俺をここまで連れてきたって事は、少なからず、何かしら、俺の記憶が戻る手伝いをしてくれるって事でしょ?違うの?」
違わなく無いけど、その発想に至れるアンタが怖い。
と、私は心底引いていた。どん引きだ。
けれど、その瞳は軽い口とは違って真剣で、本気で記憶を取り戻そうとしているのは分かった。
「……リース」
「だったら、貴様は記憶を取り戻したら俺達の前から消えてくれるのか?」
「だったらって、何処から繋がってるのか分からないけど。まあ、そうなるかもだね。俺としては、エトワールを諦めたくないけど」
「いや、アンタのことは願い下げよ」
兄ならまだしも……とは、さすがに口にはしないが。
ラヴァインは、ニタリと笑って私を見ていた。それはもう、さぞ楽しそうな笑顔で。
ああ、此奴、元からこうだわ。
諦めた、と私は割り切ってリースを見る。リースは不満げながらにも、ラヴァインが早く消えてくれるのを期待してか、分かったと、返事をする。
「ありがとうございます。皇太子殿下。で、俺は野宿が嫌なので、エトワール、君の所に泊めてよ。部屋なら幾らでも余ってるだろ?」
「は?」
二度目の爆弾投下に、私もリースも返す言葉が見つからなかった。
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