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あれから数日、特に何事もなく平穏に暮らせている。
魔物討伐の件は、勇者と口裏を合わせる、ではないけれど、一応は彼らの手柄にしてあげた。
私は支援魔法と、少し治癒を行って、魔物は彼らが倒したことに。
運転手さんに話をつけたのは彼らで、私は知らない。
あまり目立つのもあれだし、私にも都合が良いと思ったから話を呑んだ。
そんなことよりも、勇者たちに頼んだ悪い貴族の洗い出しについて、全然情報を持ってこない。
裏取りに手間取っているんだろうか。
……というか、連絡の取り方は決めていなかった。
勝手に王宮に来ても、門前払いとかされているのだとしたら。
疲れていたし、裏切られたり何だかんだと心は限界だったから……手落ちだった。
「はぁ。あいつら……ちゃんと仕事してるんでしょうね」
連絡の取り方を決めていないからと、サボっていそうな気もする。
「お姉様。私が探して連れてきましょうか。匂いは覚えているので、すぐ見つけられると思います」
街の人たちへの、治癒巡りの馬車の中。
シェナを隣にしながら、ひとり言をもらしたら健気なことを言ってくれた。
「えー……。う~ん。いやでも、この王都、かなり大きいわよ? いいの大丈夫。あと一週間くらい連絡がなければ、殿下に呼びつけてもらうことにする」
「そうですか? あ、向こうから来たようです」
昼下がりで、午前の治癒行脚を終えて王宮に戻っている最中だった。
王城と王宮の区域、それを護るようにぐるりと貴族たちの区域、さらにその外周に商工業区があって、そのまたさらに外周が、一般的な街になっている。さらにさらに外周には、試験的な街づくりをしている区がある。
街から、また王宮に戻るには馬車で一時間ほど掛かる道中で、そろそろ商工業区に入るなという、城壁にさしかかるところだった。
御者がゆっくりと馬車を停め、お客のようです、と私に告げた。
「ほんとだ」
扉をコンコンとノックされ、シェナが開けてくれた。
「よう、聖女ちゃん。情報持ってきたぜ」
「お姉様を気安く呼ぶな。クソブタ二号」
「うぉぉ……開口一番、きっついなぁ。メイドちゃんも許してくれよ、なっ?」
相変わらずの軽い男だなと、冷ややかな目で見下ろして――ハッとなった。
なんだかつい、第一王子を拷も……いじわるした時の『クセ』が出てしまったらしい。
「聖女ちゃ、様の、冷たい目も沁みるなぁ……まじで反省してっから、ごめんって」
「本当に謝るつもりがあるのかクソブタ二号。言葉遣いを覚えて出直せ」
シェナは、私のおでこを刺した彼を、きっと許すつもりはないのだろう。
でも、こうやってこの子の中の怒りを、吐き出せる相手がいるのは良いことなのかもしれない。
「まじでごめんって、メイドちゃん許してくれよぉ。な? 今度、美味しいお菓子もってくっからさ」
「じゃあ、今から持ってこい。三分だけ待ってやる」
「ちょっ、三分は無理だって。それにほら、報告に来たんだから、ちょっとだけ乗せてくれよ。ここじゃあほら、な?」
聞いていると、本当に反省したのかなという疑問と、なんともイライラする素養の持ち主だなという思いが募る。
でも、屈託のない、もしくは図々しさが板に付いているというか、憎めない部分があるのも事実だなと思った。
「手短に話せ。お姉様はお疲れだから」
「へいへい、っと。それじゃ、この紙に大事なことは書いてあるから後で読んでくれ。でもな……こいつはかなりヤバイやつだ。下手すると聖女ちゃ……様がしょっぴかれる。バレないようにしろよ」
でもな……からは、御者にも聞こえないように小声で、ちゃんと気を配って話していた。
そして本当に、サッと乗り込んでサッと降りていった。
さらに最後には、今どき誰もしないような、指を二本立てておでこ辺りからこちらに向けて、ピッと手首を振るキザな仕草をしたものだから――。
「え、きも」
と、思わず声がもれてしまった。
「ひでぇ。お前ら二人ともひでぇよ。あ、そうだ忘れるとこだった。王子殿下から何のお咎めも刺客も来ねぇ。まじでありがとな。ここは人が多くて、俺達は気に入ってんだ……。それじゃ、また適当に連絡するぜ」
そう言って、今度は普通に手を振るものだから、つられて手を振り返してしまった。
まぁ、悪い気はしないけど。
**
馬車に揺られて王宮に戻って、遅めの軽い昼食を食べてからは……。
殿下――第二王子のアラビス殿下に、剣の稽古に付き合ってもらっている。
注視すれば殿下の頭上に見える、Lv.77の数字。
これの謎について解明するために。
だって、勇者たちはLv.40程度だったのに、私に傷を付けられる強さを持っていたから。
でも、彼らははっきり言ってそこまで強くない。
ならば殿下は?
魔王さまには届かないとしても、相当な強さのはずだから。
……ただ、魔王さまはレベルの表示が王冠のマークで、最大値が百なのか、もしくはもう一桁上がって千なのか、判別できないけれど。
とにかく、殿下が勇者よりも強いのか弱いのか、確かめる必要がある。
でないと、もしも魔王さまに匹敵するなら、要注意人物として報告しないとだから。
ちなみに第一王子は、Lv.23だった。
低すぎて、殿下との差が大き過ぎて驚いたくらい。
「さて、と。聖女様の腕前なら、私などではなく、騎士団長あたりに稽古をつけてもらった方が良いだろうに。なぜ私なんだい? 先に言っておくが……それなりではあっても、決して強くはないよ?」
前に軍曹さんに絡まれた、王宮の側にある訓練場。
そこは正規の騎士しか使えないので人が少ない上に、今日は誰も使っていないので丁度いい。
「そんなはずはないと……お見受けしたので。よろしくお願いします」
きちんとお辞儀をして、礼を尽くして模擬戦に臨む。
お互いに剣を抜き、互いの切っ先を掠めるように当ててから、勝負が始まる。
「……お手柔らかにね」
刃を引いた切れない訓練用とはいえ、思いきり当たれば骨も折れるし筋肉は断裂する。
真剣にやらなければ、どちらも大怪我をしてしまう代物だ。
「参ります」
向き合った姿勢から読み取るに……重心が甘くて、あれでは移動が遅いだろうなという構え。
実際、殿下は攻めあぐねている場合ではないのに、遠慮もしているせいか、剣が軽い。
何度か剣を当て合ったけれど、私が少し力を込めれば弾き飛ばせてしまいそうだ。
「遠慮、しないでください。思いきり来てくれないと、大事なことが分かりませんから」
殿下のレベルが予想通りなら、本気で来られたら私では受けきれない。
自分のレベルを全く見る事が出来ないから、それも分からないのが本当だけど。
とにかく、予想したものを確認したい。
「しょうがない……幻滅しないでくれよ。はっ!」
……その動きは、普通だった。
この間見た訓練の、騎士達のそれよりは上手い。
でも、ただそれだけの剣。
軽いし、単調で、ほぼ小指だけで握った剣で、簡単に受け止めきれる。
いなす必要もない。真正面から受けても、私の技術なら力負けもしない。
本当に?
本当にこの程度なのだろうか。
それとも、王族には実力を隠す必要があって?
……いや、そんなことをする意味がわからない。
強ければ強い程いいはずで、弱いと万が一の時に、自分で対処することができない。
「で、殿下。どこかお怪我をなさっていますか?」
はぁはぁと息切れもし始めた殿下は、今日は熱があったのかもしれない。
「い、いや? どこも、痛めていない。が、この程度なんだよ、私は」
息は本当に苦しそうだ。
私が全部受け止めてしまうものだから、振り抜くよりも力を使ってしまうのだ。
「そもそも、私は、武芸は、苦手、なんだ」
何十本目かの攻撃を受け止めた時、殿下は勝手に剣を納めてしまった。
「……こ、これ以上は……打てない」
確かに、全力で打ち続けてくれていた。
そう見える動きだったし、そこに嘘はないのだろう。
……それなら、私の見ているこのレベルの表示は、一体何を表しているの?
「あ……ありがとうございました」
「い、いやぁ……。恥ずかしいところを、見せてしまった。ほんとに……幻滅、しないでくれよ?」
こんなに恥ずかしそうに――そして、強さを諦めてはいても悔しいという、少しいびつな笑み。
私は首を横に振って、その度量に感謝を述べた。
「いえ、その、ありがとうございます。幻滅なんてしません、絶対に。……すみません、苦手なことをお願いして……」
私は無理強いしたことを、もっとお詫びしたかった。
でも、殿下の恥の上塗りになるのではと、それ以上何も言えなかった。
「それで、大事な事とやらは分かったのかい? 私も一肌脱いだんだ。そのくらいは教えてくれよ?」
「い、いえ、それが……」
――つまり、これはどういうこと?
「余計に、分からなくなりました……」
「……えぇ?」