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初めて兄と別れて暮らすようになって、一人の時間が増えると考えごとをする時間も長くなった。

公式な場で会うことはあれど、あくまで公人としての関係でしかなく、今までのように家族として語らうことは許されない。お互いに赤の他人のように、「国の代表」として振る舞った。


自分の国としてやるべきことに疑問を持つことはなかったが、ごくたまに、何か胸をかき乱されるようなそんな苦しさに駆られる日もあった。

そんな時は、海を見に行った。昔、兄とよく海を見に行ったその時の懐かしい記憶を思い出せるからだった。かつて兄と見た海は見に行くことはできなかったが、よくイタリアの海に行った。


フェリシアーノと海で過ごすのは楽しかったが、何かが欠けているようなそんな感覚が離れなかった。

きっと、それが顔に出ていたのだろう。フェリシアーノは気遣うようによく言ってくれた。


「ルートは、寂しいんだよ。ずっとギルベルトと一緒だったでしょ。俺も兄ちゃんとずっと離れて暮らしたら寂しいよ!」

「・・・・そうなんだろうか…そういえば、昔もこんなことがあった。生まれたばかりの頃、俺が海を見たいと言ったら、兄貴が連れていってくれたんだが、その時なぜかこの海は違うと思った。海を見たこともなかったが」

そっか、お前は産まれた時に、もう大きかったんだよね、と呟くフェリシアーノの顔から笑顔が消えた。ややあって、彼の口から漏れた声は小さかった。


「…どうしてそう思ったの?」

「分からない。あまり考えようとも思わなかった。…だが、そうだな。何か、違った。俺は海はもっと温かくて優しいものだと思っていた。見たこともないのに、おかしな話だろう?」

フェリシアーノは笑わなかった。何も言わず、俯いていた。


「すまない、フェリシアーノ。困らせるつもりはなかったんだが」

弾かれたように顔を上げたフェリシアーノは慌てたように口を開いた。

「困ってなんてないよ!ただ、ルートになんて答えていいかわかんなかったんだ」

そう言って笑った彼の顔は、かつて指輪と花束を渡した時と同じで。

ーーーそして、今分かった。

ーーーーーこの顔は、神聖ローマ帝国のことを尋ねた時の兄の顔と似ていると。


フェリシアーノの前でこそ平静を装ったが、激しい動悸と焦燥感は増すばかりだった。

自分の身近にいる二人が、二人とも「神聖ローマ」という名前を出すたびに顔を曇らせ、その話題を避けようとする。

何かが、あるのだろう。自分だけが知らない何かが。

それとも、知っているのに忘れているのか。ヴァレンティーノの日に見た記憶が誰のものなのか。

嫌な予感が冷たい汗となって首筋に流れ落ちるのがわかる。


フェリシアーノと別れてから、家へ帰ると力が抜けそうになる足を奮い立たせ兄の部屋へと向かう。倒れこむようにドアに凭れ掛かると、震える手でドアノブに手をかける。ノブを回すとすんなりと扉は開いた。兄は鍵をかけていかなかったようだ。


留守にしている人間の部屋を勝手に開けるのは気が引けたが、仕方がない。むしろ、兄がいないことを感謝するほどだった。今、兄と顔を合わせたら、まともに言葉が出てこないに決まっている。


兄の書き溜めた日記を見返されば一番よかったが、日記を保管している部屋の鍵は兄が持って出て行ってしまっていた。

―――何か、ないか。何か、手がかりとなるものは。


部屋の中をよく探すと、机の中に日記が一冊だけあった。日付から見るに、兄がいなくなる半年ほど前でページが終わっていた。

兄の几帳面な字を一ページずつめくっていくと、上手く捲れないページがあった。何か硬いものが挟まっているようだ。

日付は10月24日で、内容は他の物と大差なかったが最後に書き足された一文がいつもと違っていた。

『お前の見たかった海はどこにあったんだ?』


そして、挟まれていたのは、半紙に包まれた擦り切れた小さなスケッチだった。塗られた水彩絵の具は黄ばんで色あせていたが、僅かに色が残っている。

ーーーベッドで身を起こす白い寝巻きを着た少年の絵。その顔も、その髪の色も、よく見知ったはずのものだった。無意識に震える手を自分の顔にやる。

けれど、絵の下には『1803』と書かれていた。

ーーーその時、自分はまだ、生まれていない。


恐る恐る絵を裏返すと、求めていた答えがあった。

『偉大なる先達、神聖ローマ』


軽い目眩がして、壁に体を凭せ掛ける。

鼓動を早める心臓と裏腹に、頭の中は恐ろしいほどに冷静になっていく。

驚愕と、恐怖の後にやって来たのは.、不思議なことに安堵だった。

なぜ、自分がという疑問よりも、ああ、そうだったのかと腑に落ちていく感覚がある。


幼かった頃のあの真夜中の兄たちの会話がいま漸く意味を成す。

「ようやく目覚めた」「中身が空」「彼の意志」

それらが導き出すただ一つの明白な結論は、

ーーーー自分は新しく「生まれた」国ではなく、彼の、神聖ローマの体を基盤にできた国だった。


そうなら、生まれたばかりなのにもう10歳にはなっていそうな外見であることも説明できる。

生まれてきたときは、みな赤ん坊なのだと本で読んだとき、疑問に思ったことだった。


そして、生まれた瞬間に体に感じた痛み。

体調を崩して寝込むことはほとんどなかったが、あの二度の戦いの後にはその限りではなかった。

ーーーーあの体の痛みは、長く寝ていることによって起きるものだ。


ずっと寝たきりだった彼の体に新しく国としての意識が宿った。それが、自分の始まりだったのだろう。


自分だけが知らない、隠されてきた真実。

誰もが自分に隠し通そうとしてきた、それ故のあの表情。

ーーーあのヴァレンティーノの日に見た見知らぬ記憶が彼のものなのだとしたら。

ーーーーフェリシアーノに感じる愛おしさも或いは…


考えるほどに恐ろしくなる。腹の中で恐怖と不安がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、吐き気すら催すほどに溢れて来る。

この部屋に入るまでは知らないことが恐ろしかったのに、今は知ってしまったことが恐ろしい。


『お前の見たかった海はどこにあったんだ』

その一言が頭にこびりついて離れない。

生まれてすぐに、自分は海に興味を持った。

そして、兄に連れられて行った海に対して「何か違う」と思った。その違和感の正体すら、彼に起因するものだとしたら。


これ以上考えてはならない。自分の役割はこの国を一つにまとめ、強くあり続けることだった。その役割に反するな。

事実を確かめたとして、恐らく誰も話すことを選ばないだろう。

そうするつもりなら、とっくにそうしている。


この体は、ドイツであり、自分にはルートヴィウッヒという名がある。

それ以上である必要などないのだから。

そうやって、自分を落ち着かせて、誤魔化そうとした。

本当は、最悪の可能性を、全てを終わりにしてしまう何かを恐れてただ、目を反らしただけだった。

―――なんと聞けばいい。何を。もし自分が彼らに向ける感情が彼に起因するものだったなら。彼らが自分に向ける温かいものは別の人間に向けられていたものだったとしたら。

聞けるわけがない。聞かなければ、何も変わらない。

恐怖と不安を日記と共に机の中に閉じ込め

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