テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
先の部屋から苦痛に耐える女の声が流れてきている。
これは、訪ねて行こうとしている、女房、桂《かつら》のいつもの癪《しゃく》が酷いのかもしれないと、新入り女房、白梅《しらうめ》の歩みは速くなる。
在五《ざいご》の君──、都の女なら、誰しもあこがれる、在原業平《ありわらのなりひら》の屋敷へ上がれた白梅は、先輩女房たちに着いていくのもやっとだった。
ところが、中堅どころの女房、桂と気が合い、何かと面倒をみてもらえた。
以来、白梅は桂の所へ、女房の作法を教わるために通うことになる。
桂は何故か、こじんまりとした部屋まで与えられ、他の女房たちも、どこかよそよそしくあるものの、桂の采配、一声に従っている。
それは長年この御屋敷に務めているから。そして、主人の側仕えだから。と、白梅は思っていたのだが、そうではなく、別に意味があるのだとすぐ知る事になる……。
「桂様!お加減がお悪いのですか?!白梅ですっ!」
入りますよと、声をかけ、白梅は桂の部屋の妻戸に手をかけた。
ああっ、と、更に、苦しそうな声がする。薬草《くすり》の用意が必要だと、白梅の気は焦った。
とはいえ流石に、人様の部屋へズカズカ足を踏み入れるのは躊躇われる。
桂の返事を待とうと、白梅は覗きこむが、いつも整えられている部屋は、衣が散らかりどことなく乱雑だった。
「桂様?」
不審に思い白梅は、ふたたび声をかけた。
すると……。
「おお、あらわれたか……」
なぜか桂のものではなく、男の声がした。
「えっ?!」
白梅は、思わず後退る。
目隠しの几帳からひょっこり顔を覗かせたのは、屋敷の主人、業平その人だった。
しかも、素肌に桂の衣を羽織っているという、目のやり場のない出で立ちで。
白梅が、不信に思った矢先、再び桂の声があがった。
今度は、妙に甘ったるいものだ。
「……業平さまぁん」
その鼻にかかった桂の甘え声とでもいうものを耳にした白梅は、起きている事を薄々ながら理解した。
これは、男女の交わりごと──。
見てはいけないものを見たと白梅はうろたえる。
「し、失礼しましたっ!」
飛び退くように後退ったのがいけなかった。白梅はドスンと廊下に転がり込んでしまう。
「ははは、元気だな。まあ、それぐらいのほうが何かと都合がいいだろう」
#完全一次創作
たかはし もけ
717
はるか
5
生方詩
25,680
業平は機嫌よく笑うと、白梅へ側には来るよう手招いた。
コメント
1件
読み終わりました…!もう、最初の「苦痛に耐える女の声」から一気に引き込まれました。白梅が純粋に心配して駆け寄った先に待っていたのがあの現場で、しかも業平が素肌に衣を羽織ってひょっこり顔を出すコミカルさと色っぽさが絶妙でした。女房同士の距離感や屋敷の空気感も丁寧で、平安の世界にすっと入れました。続きが気になります…!