テラーノベル
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理咲が警察に連行された翌朝。リビングには重苦しい静寂が満ちていた。
涼二は昨日告白した罪の重さに耐えかねているのか、朝食に出したトーストを砂でも噛むような顔で咀嚼している。
そんな彼は、こちらの機嫌を伺うように優しいねこなで声で話しかけてくる。
しかし涼二は気づいていない。もうすでに、なにをやっても詰んでいることを。
私は昨日、ノートパソコンでまとめておいた、彼のスマートフォンから吸い上げられた浮気の全記録をUSBに移した。涼二に見せたら驚くかしら?
AIに読み込ませた証拠を、すでに時系列と登場人物毎に振り分け、リスト化していることに。そしてその背後で私が、あなたを別れさせ屋に堕とさせるためのシナリオを描いていることに。
「涼二。あなた、今日から『2週間の引き継ぎ』以外は自由なんでしょ?」
私の問いかけに、涼二がビクッと肩を揺らした。
「あ、ああ……。そうだよ。なるべく早く帰ってきて、執筆に充てるつもり」
「そう」
冷たく言って、また怒っているふりをしておいた。
あまりに簡単に許したらおもしろくないでしょ。でも、怒りすぎたら今度はあなたが逆ギレするだろうし、また面倒な義母まで出てきそうだ。
私は普通に会社に行って、仕事に取り掛かる。昼休みを利用して外出し、誰もいないことを確認してから天魔に電話をして、経緯を説明したところだ。
『あははっ。さすが沙耶だな』
「もう。笑いごとじゃないのよ」
『ごめんごめん。あまりにお見事すぎて』
「天魔に褒められると、悪い気はしないわね」
『よし。次の段階へ移ろうか。今日、早速脚本家バーに旦那を呼び出してある。合流したらそこで沙耶に電話する。うまく話を合わせて欲しい。あと、年配のおじさんに化けるのは難しいかもしれないから、近江監督の愛弟子の女性として君を紹介するよ』
配慮抜群ね。さすが天魔。
「わかったわ。なんていう名前にするの?」
『冷美(れみ)っていうのはどうかな? 冷徹に旦那を仕留めるハンターとして君臨するんだ』
「いい名前じゃない。気に入ったわ。じゃ、その冷美として対応する。連絡、待っているわ」
スマートフォンをタップして電話を切った。さあ、涼二とどうやって話そうかしら。わくわくするわ!
※
今夜のシナリオは、新宿の路地裏にある、脚本家バーからスタートする。天魔が見えるように取り付けてくれている監視カメラの映像を通じて、私は涼二の動きをすべて把握できている。
彼は昨日までの不倫発覚の敗残者とは別人のような、期待に満ちた顔でそこに座っている。
『秋也、近江監督のプロジェクトの話、僕を推薦してくれるってほんとうなの?』
目の前には、若手脚本家を目指す同士の秋也に化けた天魔が、グラスを揺らしながら不敵に微笑んでいる。
『そうなんだ。涼二、監督は今、リアルな人間ドラマを求めているんだ。最近、巷では海外のショートドラマが人気だろう? 監督は今、国内のショートドラマを盛り上げるために、愛弟子の育成に乗り気なんだ』
『愛弟子……』
涼二がごくりと唾を飲み込んだ。うまくいけばそのポジションに自分も入れると思っているんだろう。
『近江監督はインディーズ映画とショートドラマをたくさん作る気でいるんだ。まずは自分の作品と愛弟子の作品で成功させて、そこから新たな弟子を募って売り出すつもりなんだよ。ボクの作品も、それに採用されたってわけ』
『へえ……』
『ねえ涼二、近江先生に直接脚本は見せられないけれど、懇意にしている弟子のひとりになら、ボクが口添えすることができる。ぜひ、書いた脚本見せてみない?』
ドクっと涼二の心が跳ねるのがわかった。こっちが見ていて、面白いくらいに喰いついているのがわかる。私たちが用意した餌に、見事、引っかかったというわけね。
『よかったら今から冷美さんに電話してみるけど?』
『いいのか? ぜひ、お願いしたい!』
涼二は秋也に手を合わせて願っている。
『じゃあ、連絡してみるね』
ピリリリリ ピリリリリ
天魔から預かった方のスマートフォンが鳴った。私はボイスチェンジャーを操作して、女性の声のチャンネルを設定して電話に出た。
「はい」
『あ、冷美さん? ボク、秋也だけど』
「ああ、どうしたの」
『実は脚本を見てもらいたい友人がいるんだ。電話代わってもいい?』
「いいわよ」
がさがさと音がして、やがて涼二が電話口に変わった。
『突然すみません。僕、藤崎涼二と申します。秋也さんとは脚本仲間で、彼にぜひ脚本を冷美さんに見てもらえる機会を作ってくれるという話だったので、お電話代わらせていただきました』
ふふ。涼二ったら、私だとも知らずにかしこまっちゃって。
「藤崎さんね。どんな脚本が得意なの? 実績は?」
私は彼らから電話がかかってくるまでに、冷美のイメージを徹底して行った。高貴で、成功者としての実績があって、決して丁寧な口調では喋らない。その名の通り、冷徹でだめな脚本については徹底的にダメ出しをする。
涼二。私があなたが書いた脚本について評価し、二度と立ち直れないくらい、その鼻っ柱をへし折って、再起不能にしてあげるわ。
『実績はありませんが、秋也さんに認められています。独自で勉強しておりましたが、今後はもっとしっかり勉強し、必ずご期待に添えてみせます!』
「ふうん……即戦力が欲しかったんだけどなぁ」
『すぐ採用いただけるように頑張ります!!』
必死ね。ま、そりゃそうか。仕事辞めたもんね。
「まあいいわ。得意ジャンルは?」
『青春ラブストーリーが……』
「え? 青春ラブ? 今時古いわよそんなの。採用されないわ」彼の言葉を遮って言ってやった。「ショートドラマを勉強しなさい。今、求められているのはエンタメよ。不倫モノは受けるわ。間抜けな夫の話とか、そういうの書ける?」
あなたが書きやすいようにしてあげたわよ。
涼二の話を書けば、観客はみんなあなたを見て笑うわ。
『書きます!』
「そ。じゃあ明日書いて見せて」
『明日!? 明日はちょっと……』
「え? できないの? ショートドラマなんか締め切り早いわよ。そんなので今後、直し(原稿を修正すること)対応できるの? じゃあもういいわ」
『あ、大丈夫です! やらせていただきます!!』
『じゃ、明日の朝、秋也に渡しておいて。私がチェックするわ。3パターンくらいの企画があればもっといいわね。ヨロシク』
涼二の返事を待つ前に電話を切った。
さあ、どんな脚本と企画を持ってくるのかしらね。楽しみだわ。
私がひとつ残らずダメ出ししてあげるから――
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コメント
1件
うわ、沙耶さんの準備が完璧すぎて気持ちいい…! ボイスチェンジャーまで使って「冷美」に化けて、涼二の鼻先にニンジンをぶら下げてるのがもう最高です。「今時古いわよ」ってバッサリ切るところとか、声に出して笑っちゃいました。最後の「ひとつ残らずダメ出ししてあげる」って一文でゾクッと来ました。続き、本当に楽しみです!