スーパーのレジ奥。
パートの美津代が休憩室へ向かうと、若い子が椅子に座っていた。
髪をまとめたまま、スマホを見つめている。
「あら、莉子ちゃん」
「……あ、美津代さん。こんにちは」
彼女──あの第6話で真帆と話していた莉子だった。
別の職場に移ったと聞いていたが、ここにもシフトで来ているらしい。
「大丈夫? 顔、ちょっと疲れてる」
「いやぁ……お客さんに“笑顔が引きつってる”って言われちゃって」
「まぁ……そんなこと言う人もいるのねぇ」
「いい年して、まだ気をつかいすぎだって。言われました」
「誰に?」
「母です」
言って、苦笑した。
美津代はしばらく黙ってから、コーヒーを二ついれた。
湯気の向こうで、笑顔がやわらぐ。
「気をつかえるって、すごいことよ。
でもね、気をつかいすぎないのも、もっとすごい」
「え?」
「いい年して、って言葉。
あれ、歳をとった人にだけ向けられるものじゃないと思うの。
若い人が、無理してるときにも響くのよ」
莉子は、しばらく黙ってコーヒーを見つめていた。
そして小さく、うなずいた。
「……じゃあ、ちょっとサボっていいですか」
「いいのいいの。サボれるうちが華よ」
二人の笑い声が、午後の光に混ざっていく。
──“いい年して気をつかいすぎ”、
そう言える誰かがいる世界は、まだやさしい。
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