テラーノベル
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義実家に向かう間、いつもは酷い胃痛を感じていたのに、今日は嘘みたいになにもなかった。気持ちの持ちようひとつで、こんなに変わるんだ。世の中の義母に虐げられている女性たちに伝えたい。
くそババアの言うことなんかで傷ついて、悲しい思いをすることなんかないよ、って。
この感情は大切ね。みんな共感いてくれるわ。
なんとかうまく義母との関係を壊さないように、頑張ろうとしていた呪縛。そこから解き放たれたら、とても楽になれるってこと。
だって義母に会うたび、言われる話題(こと)は、いつも同じ。
結婚して何年も経つのに、子供がまだいないことを不満に思っていること。どうして早く子作りをしないのか、といかに早く産まないと損であるか、と説いてくること。
そして家事の得意な私に雑用を押し付け、買い出し、掃除、挙句の果てには町内会の草むしりまでやらされる。だから涼二は理咲に、便利な家政婦介護要員だって言ったんだ。自分でも思う。義理実家にとって、都合のいい嫁だった。
いい嫁キャンペーンはもう終了。
お義母さんに認められたくて頑張っていたけれど、もう二度とやらない。
これから義母の発言――マタハラ録音をする。
スマートフォンと録音と動画撮影1台ずつ、いろいろ用意した。完璧に証拠は手に入れる。うまく撮れなかった場合の保険も込みで台数は多くした。
まずはスマートフォンの録音ボタン、さらに動画撮影用の時計型のカメラのスイッチをオンにしてから義実家の玄関の前に立った。涼二は私の動きにまったく気づきもしないでのんびりと欠伸をしながら車から降りてきた。
心が高揚する。うまくいきますように――
インターホンを押すと、すぐに玄関が開いて義母がにこやかに私を迎えた。
彼女はいつも厳格で正しいことを説く。国語の教員を長年やってきて、最後は校長にまでその地位を押し上げたから。元教員である肩書を持っている。だからこちらが論破したりすることもできないし、威圧感は半端ない。
藤崎小百合(ふじさきさゆり)――息子を一流に育て上げた自負と、嫁への遠慮のなさが全身から滲み出ているような、ギラついた隙のないショートカットをきちんとセットした女性。御年65歳。いつもきちんとしていて、乱れた姿は見たことが無い。
「あら、沙耶さん、早かったわね。忙しいところありがとう」
「いえ、お義母さん。いつでも声をかけてください」
義母は私を居間へ案内し、温かいお茶を出してくれた。
部屋にはいつものようにきちんと整頓された家具と、穏やかな香りが漂っている。
「沙耶さん。今日はちょっとあなたとお話したいことがあってね」
来た――。私の胸が一層高鳴る。予想通りの話題だろう。
存分にマタハラして!
「涼二とあなた、そろそろ子供はどうなのかしら? もう結婚して何年経つの? 周りも孫の話ばかりでね……」
義母は表情を和らげながらも、鋭く私を見つめている。
涼二は早々にこの場を立ち去ってしまった。庇う気もないらしい。自分が無精子のせいで私が散々苦しんでいたことを知っているくせに!
私は努めて柔らかい口調で答えた。
「私たちも話し合っているのですが、涼二さんも仕事が忙しいですし、タイミングを見計らっているところで」
「でも沙耶さん、あなたももう若くはないわよ。そろそろ真剣に考えないとねえ。毎回そんなことばかり言ってるじゃない。おせっかいを言うこちらの身にもなってちょうだい」
悪かったわね、若くなくて!
私は微笑みながら、小さく頷く。
「ええ、もちろん考えています。でもこればかりは授かりものですから……」
私の言葉を遮るように、義母はため息混じりに続ける。
「涼二も涼二よねえ。あの子、昔から頑固でこだわりが強いところがあるでしょ。沙耶さんも苦労するわね」
「いえ、涼二さんはよくしてくれてます」
内心では乾いた笑いが込み上げてくる。
涼二がよくしているのは、理咲(あいじん)の方だし。
あー。
涼二さんは無精子で、愛人と生セックスしてますよーって言ってやりたいわぁー。私とはずっと前からセックスレスだし、子供なんかできるわけないでしょーって。
すました顔した義母がどんな反応をするのか考えただけで愉快になるけれど、今はその時じゃない。
いずれ訪れるその時を待ちましょう。
義母はもう一度ため息をついて、真剣な目で私を見る。
「沙耶さん。涼二が頼りないなら、あなたが頑張らないと。妻の務めってそういうことよ。いつまでも待ってたら、あなた自身が損をするの」
ほんと、涼二と結婚して損した。
そんな風に思わせ、育てたあなたにも責任ありますよね。
ガッツリ慰謝料もらいますから!
損した分の人生、お金で取り戻すわ。時間は帰ってこないから。
「はい、お義母さん。肝に銘じます」
義母は少し微笑んだが、その視線は冷ややかだった。
「まぁ、私もいつまでも元気じゃないから、早く孫の顔を見せてほしいわ」
「頑張ります!」
今日はでも、あの、とか言い訳せず、辛気臭い顔もしなかったから、義母は満足そうに小さく頷き、立ち上がってキッチンへ向かった。
リビングには誰もいなくなった。
ほんとうは一生涼二を愛し、子どもを産んで、幸せになりたかった。
涼二が無精子症なら、それを受け止め、2人で穏やかに生きていきたかった。
それはもう、叶うことのない願い。
ピロン、とスマートフォンが鳴った。
普段と違う着信音だ。なんだろう。
確認してみると、秋也へのDMだった。差出人は――涼二!!
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コメント
1件
いやー、沙耶の決意が固まってからの行動力、めっちゃ好きだわ🔥 義母とのシーン、表面はにこやかなのに心の中でガッツリ毒づいてるところがたまらん。最後の涼二から秋也へのDMって…まさか沙耶のスマホに送信ミスとかじゃないよな? これで一気に話が動きそうな予感。続きが待ちきれない!