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コメント
1件
ええ〜〜っ!!??😭💔💔💔 もうめっちゃ切ない…「分かりません」って答えたひよりの声、本当に聞こえた気がした…。自分の感情なのに“分からない”って、どれだけ必死で蓋してきたんだろうね。 台所で専務が指輪直したって言ったのに離さなかった手…あれ、無意識なのが逆にエモすぎて泣いた😢💦 そして「契約だ」って…っ!専務のその答え、本心なの?それとも立場上のやつ??次の話が待ち遠しすぎてソワソワが止まらん…!🌸 (当落のジェットコースター、今どこにいるんだろう私たち…😂💕)
#年の差
当麻月菜
1,226
星キラリ

1,535
#略奪
秘翠ミツキ
1,891
美並ナナ
1,572
午後二時、社長室。
扉の前で、東雲さんと会った。白い薄手のコート。私を見て、小さくうなずいた。それだけで、二人で扉を叩いた。
社長は、机の向こうにいた。立っていた。窓を背に。飴の器が、机の端にある。
椅子が、二つ。東雲さんと私が、並んで座った。縁談の相手と、婚約者が。隣に座ると、東雲さんのコートの袖が、私の袖に触れた。隣に人がいる、ということだけは、分かった。
机の上に、紙が一枚、表を向けて置いてあった。
茶色い手帳の、十月六日のページ。私の字。テープ。
『契約。期限四月五日。報酬一千万円。寝室は別。第七条、恋愛感情を要求しない。』
社長は、座った。飴を一つ、口に入れた。一つ目。音がした。
「説明は、要らん」
低い声だった。
「見れば、分かる」
私は、紙を見た。見てから、社長を見た。嘘は、つけない。嘘をつく場所が、もうなかった。
「はい」
それだけ、言った。
社長は、何も言わなかった。飴を転がして、私を見ていた。
「写真なんて、どうでもいいです」
東雲さんが、言った。
社長が、東雲さんを見た。私も見た。東雲さんは、紙を見ていなかった。私を見ていた。
「私は、正面から聞きたいの。それだけのために、来ました」
東雲さんは、椅子の上で、私のほうに体を向けた。
「ひよりさん。あなたは、奏さんが好きですか」
誰も、口を開かなかった。
答えようとした。
口を開けた。声が、出なかった。
いつもそうだ。自分のことになると、言葉が消える。会議で手を挙げなかったときも、釣り合わないと言われたときも。二か月前、応接室で、本物ですか、と聞かれたときは、言えた。あれは専務のことだったから。
今、聞かれているのは、私のことだった。
「……分かりません」
出た声は、それだった。
嘘は、言っていない。分からない。分からない、ということだけが、本当だった。
東雲さんは、私の顔を見ている。社長も、見ている。二人に見られたまま、私は自分の手を見た。左手の、指輪。直して、合っている。合っているのに、答えが出なかった。
東雲さんは、長く息を吐いた。
「嘘を言い切れば、私は、引かなかったわ」
「……」
「二か月前のあなたなら、本物です、って言った。今は、言わない。言えないんでしょう」
私は、答えなかった。東雲さんは、答えを待たなかった。社長のほうを向いた。
「桐谷のお父様。私は、それでも構いません」
社長が、二つ目の飴を取った。
「十二日、親族の前で、奏に聞く」
社長は、言った。
「契約か、本物か。奏が『契約だ』と答えたら、東雲家との話を、その場で発表する」
「……はい」
東雲さんが、答えた。それから、私を見た。
「私は、構いません。でも」
一拍、あった。
「私、引くわ」
社長が、顔を上げた。
「あなたが、答えなかったら、私がまた前に出る。それだけ。あなたが答えたら、私は引く。それだけ」
それだけ、と東雲さんも言った。この家の周りの人は、みんなそう言う。
社長は、飴を噛んだ。二つ。三つ目は、取らなかった。
取らないまま、私を見た。言いかける顔とは違った。何かを確かめた顔だった。何を確かめたのかは、分からない。
「以上だ」
社長は立ち上がって、紙を取って、引き出しに入れた。契約の写しが、社長の机の引き出しに入った。それを、私は見ていた。
廊下で、東雲さんが言った。
「私、負けたんじゃないの」
「……はい」
「あなたが、答えてないだけ」
東雲さんは、コートの襟を直した。直し終えるまで、私を見ていた。
「明日、楽しみにしてる。正面から、頑張って」
前にも、同じことを言われた。頑張る、が何かを、今日は少しだけ分かった。
二階に戻る階段で、私は手帳を出して、今日の日付のところに一行だけ書いた。分かりません、と答えた。それだけ。書いて、閉じた。
夜、台所。
専務は、椅子に座っていた。私が入っていくと、顔を上げて、言った。
「親父に、何を聞かれた」
「東雲さんに、聞かれました」
「……東雲さんが、いたのか」
「はい。二人一緒に、と」
「何を」
「専務を、好きかと」
専務の手が、机の上の青いペンの上で、止まった。
「……何と、答えた」
「分かりません、と」
専務は、ペンを見ていた。取らなかった。
「……そうか」
それだけだった。
私は、座った。言うと決めていたことを、言った。
「常務から、金を出すと言われました。朝、常務室で。消えろ、と。断りました」
専務が、顔を上げた。
「……言ったな」
「はい」
「前は、言わなかった」
「はい。今度は、言います。金額は、言われませんでした」
「……そうか。言ったな」
専務は、椅子から立って、私の前に来た。
私の左手を、取った。
人前ではなかった。台所と、専務と、私だけだった。
専務は、指輪を見た。
「緩くないか」
「直したので、合っています」
「……そうか」
手を、離さなかった。しばらく、離さなかった。それから、離した。
「十二日、親父は、俺にも同じことを聞く」
「はい」
「契約か、本物か」
「何と、答えるんですか」
専務は、私を見た。
長かった。
「……契約だ」