テラーノベル
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「やあ、魔王。初対面の上、早速で悪いが――死んでくれるかい?」
その声は、重厚な静寂に包まれた広間に、場違いなほど軽やかに響いた。
部屋の造りは、訪れる者に絶望を与えるためだけに設計されたかのようだった。見上げるほどの高さにある天井は闇に溶け、四方の壁は鏡面のように磨き上げられた黒曜石で構成されている。そこには、唯一の侵入者である少女の姿が、無数の影のように映り込んでいた。
足元には、深紅の絨毯が一本の真っ直ぐな傷跡のように敷かれている。その先で待ち構えるのは、巨大な玉座。生き物の骨を削り出したかのような、禍々しくも無機質な白。それが、圧倒的な威圧感を持って鎮座していた。
この部屋には窓がない。代わりに、玉座の背後の空中に、巨大な魔法の円環が静かに回転しながら浮かんでいる。そこには本来、魔王が蹂躙した地上の地獄絵図が映るはずだった。しかし今、そこに映し出されているのは、皮肉なほどに透き通る、吸い込まれそうな星空だ。
光源と呼べるものは存在しない。ただ、黒曜石の床に点在する青白い燐光が、侵入者の足元を冷たく、ぼんやりと照らし出しているだけだ。 装飾を一切排除し、機能美ならぬ恐怖美を追求した魔王城の最奥。そこに座る者が放つ濃密な魔力は、物理的な質量を持って肌を刺し、肺を圧迫する。
そんな、歴史の終着点に相応しい緊張感に満ちた空間で、少女の声はなおも可憐に、どこか事務的に繰り返された。
「あれ、聞こえなかったかな。死んでくれと言ったんだ。君を殺せば、私の仕事は終わりだからね」
声の主は、驚くほど小さな少女だった。 玉座に構える魔王の巨躯に比べれば、その背丈は半分ほどしかない。筋肉で硬く鍛え上げられた戦士の体ではなく、まだ幼さを残した、華奢で柔らかな輪郭。 だが、その容姿は異質だった。 大きく見開かれた瞳は、凝固した血のように深い紅色。それとは対照的に、背中まで流れる髪は、降り積もったばかりの雪のように眩しい白。
彼女は、自分の身の丈の半分以上もある長剣を片手で軽々と水平に保ち、その切っ先を魔王の喉元へと突き付けていた。
「お前が……例の、勇者か?」
重低音の響く声が、玉座から漏れた。魔王の問いには、困惑の色が混じっている。
「……? その問答、どういう意味か諮りかねるね」
勇者の長剣が、わずかに揺らいだ。 彼女はここに来るまでに、魔王軍の誇る四天王を一人残らず屠ってきた。道中の精鋭騎士団も、彼女にとってはただの障害物に過ぎず、さっさと滅した。その情報は逐一、側近からこの玉座へ報告されていたはずである。
「なぜ今更、私の正体を確認する必要がある? 私は君を殺しに来た。君は私に殺される。それ以外の情報が必要かい?」
「い、いや。……予想外に小さかったというか。もっとこう、筋骨隆々の、岩のような男が来るものだとばかり思っていたのだ」
魔王の言葉に、勇者の眉がピクリと跳ねた。
「……それは私への宣戦布告と受け取っていいのだな。よく分かった。身長の話をする奴は、例外なく死ね」
怒鳴るわけでもなく、ただ冷淡に。 少女は激昂したような早口で告げると、剣を握っていない左手を無造作に突き出した。 瞬間、その手の平にどす黒い魔力の渦が巻く。闇属性魔法、[崩壊]。触れたものの分子構造を強制的に分解し、虚無へと還す高位魔法だ。
「ま、待て! 話を聞け!」
魔王が慌てて両手を振り回し、玉座から身を乗り出す。
「魔王に待てと言われて聞き入れる勇者がどこの世界にいる。そんな甘い教育は受けていないんでね」
勇者は小さくため息を吐きながら、突き出した腕を横に薙いだ。 発動した魔法が、空間を削り取りながら魔王へと襲いかかる。魔王が反射的に展開した障壁と衝突し、強烈な衝撃波が広間を駆け抜けた。
ずぎゃん! という、空間が悲鳴を上げるような音。 黒曜石の床には、巨大な獣に引き裂かれたような爪痕が深く刻まれ、強固な建材が紙細工のように剥がれ落ちて奈落へと消えてゆく。
「一度。今回だけだ、魔王。私を止めるのなら、何か命乞い以外の言いたいことがあるのだろう? 簡潔に言え。200字以内でだ」
勇者は剣を構え直したまま、冷徹な視線を崩さない。
「そ、そうだ! 勇者よ! 貴様、これほどの力がありながら、なぜあんな腐りきった人間の国に尽くす? 貴様が望むものなら何でもやろう! 地位か? 金か? それとも、この魔王城の一部か?」
「…ん? …何をバカなことを言っているんだ?」
勇者は心底呆れたように、肩をすくめた。
「私とお前は、勇者と魔王だ。光と闇、正義と悪。そう定義された存在である以上、殺し合うのは運命であり、もはや事務手続きのようなものだ。私の先祖は代々そうしてきたし、私もそうする。それに、君の提示する条件はどれも魅力的じゃない」
「な、何だと?」
「地位なんてあれば責任がついてくる。金は、君を殺した後に宝物庫から適当に持っていくから困らない。……お前、さっきから何を恐れているんだ? 往往際が悪いぞ」
#ドライ
1,898
#主人公最強
杯雪乃
1,748
#勇者
りな
120
至極真っ当な、しかし血も涙もない正論だった。 魔王は大きな頭を抱え、必死に言葉を絞り出す。
「そ、そうだ! 私が仲間になろう! 契約だ! 私の魔力とお前の武力があれば、世界を……」
「……口を慎めよ、魔王サマ」
勇者の声から、温度が消えた。
「お前は、もう死ぬ運命にあるんだ。それに、仲間なんていらない。お前を殺して、今まで稼いだ報奨金と退職金代わりの略奪品で、残りの人生を静かに過ごす。それが私の計画だ。邪魔をしないでくれるかな」
勇者は、淡々と続ける。
「じゃあね。魔王。……また会うことは、ないだろうけど」
少女は静かに呟くと、再び[崩壊]を発動させた。 今度は放つのではない。その黒い魔力を、自らの長剣へと流し込む。 勇者の内から溢れ出す白と紅の魔力が、剣の刀身を覆う闇と混ざり合い、美しくも禍々しいグラデーションを描き出した。
彼女は一歩、踏み出す。 それは縮地。距離の概念を無視した一撃が、魔王の脳天から股下までを、抵抗なく一刀両断に断ち割った。
「があ……ああ……アああッ!!」
魔王の嗚咽混じりの悲鳴が、いや、魂を削り出すような絶叫が、城の最奥を激震させる。 真っ二つになった巨躯が、再生しようとしてブクブクと泡立ち、内側から焼かれる餅のように膨張を始めた。死の恐怖に支配された魔王は、無意識に手を伸ばす。 その手には、触れた者の命を強制的に摘み取る闇属性最上位魔法、[死]が纏わされていた。
「悪いね。無駄だよ」
しかし、勇者の動きに淀みはない。エンチャントされた剣を無造作に振るい、迫る魔王の手首を紙のように切り落とした。
かつて人々を絶望の淵に突き落とした魔王の瞳が、今は自分自身の絶望に染まっていく。
「……いや、謝る必要はないか。君たち魔族は、私に直接害をなした。私の故郷も、私の睡眠時間も、君たちのせいで削られたんだ。相応の罰だと思えば……うん。さして罪悪感もないな」
少女は剣を鞘に収めると、カチリ、と金属音を響かせた。 そして、膨れ上がり、もはや異形の肉塊と化した魔王に向けて、右手を真っ直ぐに突き出す。
「悪いね。……ああ、また謝っちゃったな。まあいいや。時間がないんだ。君が死にゆく様を見て、勝利の余韻に浸っている暇なんて、一秒もなくてね」
「あ、あ……」
「いや、もう聞こえてないか」
彼女の手の平から、白熱した光が溢れ出した。火属性極大魔法、[極光]。 文字通り、地上に降り注ぐ太陽の如き猛火が、魔王の肉体を細胞一つ残さず焼き潰し、灰へと還していく。
広間に残ったのは、焦げ付いた臭いと、静寂だけだった。
「さて。魔王に言った通り、のんびりはしていられない」
勇者は自身の衣服についた灰を軽く払うと、風属性魔法[浮遊]を発動させ、ふわりと宙に浮いた。 彼女が道中、四天王の一人を拷問して聞き出した情報によれば、魔王はもし自分が敗北した場合に備え、精鋭部隊を王都へ直行させるよう命令を下しているという。
「本当に面倒だな。魔王を倒したんだから、残りの雑魚くらい王都の騎士団だけで対処してほしいものだよ」
彼女は窓代わりの魔法円環を見つめた。 そこにはまだ、美しい星空が映っている。 少女はその静かな夜空へ向かって、弾丸のような速度で飛び出した。
目指すは王都。 それは世界を救うためというよりは、むしろ、待ちに待った隠居生活を邪魔する不確定要素を、一刻も早く排除するためだった。
コメント
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読み終えました!この勇者、めちゃくちゃ尖ってて気持ちいいですね。「身長の話をする奴は例外なく♡♡♡」とか「200字以内で言え」とか、魔王に対して完全にビジネスモードで臨んでるところが逆に新鮮でした。報奨金と退職金で隠居したいっていう動機も、王道ファンタジーにあるまじきリアルさで笑ってしまいました笑 職務遂行感が半端ない…!次が気になります🌷