テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#シリアス
らう
98
りすぐみ
132
羽海汐遠
13,200
からくり屋敷のようになっている家を見てため息が口から飛び出た。この家は境界と境界を隔てる物──まあつまり、ドアとか窓とか障子とかマンホールの蓋とかが壁や天井や床に所狭しと敷き詰められているのである。手順を間違えれば最初からやり直しになるし、たまに床のドアが開いているから、慣れていたとしても慎重に進まなければならないのだ。神経をすり減らしてやっと辿り着いた先で、待ってましたと言わんばかりに男がにんまりと笑った。
「どうだい、稲荷?もうこの家には慣れた?」
「大年。理由は何でもいいから早く戻せ」
家がこんな風になっているのは他でもない、目の前にいるこの男のせいなのである。この憎たらしき男は、とにかく祭りやら遊びやら騒がしいことが好きで、派手なことが好きなのだ。だからこの家も迷路のようになっている。家がこんな有様になってから何十年か……詳しくは覚えてないが、とにかく人間換算であれば長い時間が過ぎた。
一応コイツとは兄妹関係だ。もし私が人間で兄がこんな奴だったら早々に家を出ていただろう。まあどうせ、こんなこと口に出す機会なんてないからいいんだけど。言ったら言ったでコイツは調子に乗る。
「そんなに冷たいことを言わないでおくれよ。俺が凍ってもいいのかい?」
「構わない。むしろ、凍って欲しいもんだな」
「そうかい。君は酷い奴だ」
コイツがこんなふざけた調子なのは普段からだ。突っかかるだけで無駄である。コイツに喋る機会を少しでも与えたら最後、酷いことになる。包み隠さずに言うのならば……面倒になる。
この男に会う度、酒を一滴でも飲んでいないか警戒しなければならない。酒好きで、一回で大量に飲むもんだから、翌日には大抵酷い顔をしている。そういう奴である。
そんな細かいことを気にする私が神経質に見えるのは、コイツが無神経すぎるからだ。そう、私は結論づけた。
「下界に降りるって聞いたよ。君みたいな、他人を好きにならない上に慣れない土地は嫌いな奴が進んで行くだなんて思えないな。君もそう思うだろう?」
「それは喧嘩を売っているのかな?」
「誤解だ。俺はただ疑問なだけだよ。まぁ、嫌な言い方をしたのは認める。わざとだし」
「私が人間界に行く理由と君の嫌いなところの話、どっちが聞きたい?」
「もちろん後者!」
「よし、私が人間界に行く理由を話してやろう」
そう言うと、この男は乗り気な顔をする。ぶっちゃけ話を聞けるのならばどうでもいいのだろう。いや、もしかしたらどちらかに対する興味が一ミリはあるのかもしれない。どちらに興味を持ったとしても、私はどちらも話すつもりはないが。
仮に私とこの男が殴り合いや殺し合いをしたとて、次の日には何事も無かったかのように過ごすだけなのだ。喧嘩だとか口論だとかは、私達の前に存在しない。厳密に言うのならば、存在はするが認識としては存在しないに等しい。
まあ、こんなことを長々と考える時点で、私もコイツと同じく面倒な奴なんだろう。
「なあ、行く時は俺も連れてってくれよ。下界がどういう場所なのか知りたいんだ」
「私は一人旅がしたい」
「荷物が1つ増えるだけだろう?」
「その荷物1つでストレスが2倍になる」
「楽しさも2倍だ」
「面倒くささも2倍になるな」
「癒しが2倍……いや、君と俺以外の荷物に癒しはないな。癒しが0から1になるよ」
「0に0を足しても0のままに決まっているだろ」
手荷物の整理をしなければならない、と出ていこうとすると、珍しくマトモな雰囲気を纏い始めた大年に止められる。
「それで?なぜ急に下界に行くことになったんだ」
「なかなか聞かないから、興味がないものかと」
「俺は森羅万象全てのことに興味があるぞ。で、どうなんだい?」
「最近の私は何か変でな。別の何者かに体を乗っ取られる前に、自分からここを離れようとしている。まぁ、人間で言うところの……病気だから病院に行くのと同じだ」
「成程。言っておくが俺には人間の喩えは通じない。それで?」
「今言ったことが全てだ」
「嘘が下手になったな。まだ何か隠してるだろ」
「腹の探り合いはしたくない。特に君と」
「苦痛を味わいたくないなら早めに吐いた方がいい。そうだろう?」
この男の嫌いなところを話すとするのならば、無駄に勘がいいところが候補に入るだろう。まず間違いなく、コイツの嫌いなところ100選には入っている。それにコイツは完全に損得考えず好奇心を満たすためだけに尋問もする。後でコイツの面倒なところ100選にも入れておこう。
「さっきの理由はもちろん真実だ。だが、本来の理由まで話せというのは、飯を作った母親に”この料理が不味い”と直接言うことと同義だ」
「もう少しストレートに言ってくれ」
「君にはこの比喩が通じないと思って使っている」
「君は性格が悪い」
「性格の悪さは遺伝していると思わないか?」
「つまり、君は俺──もしくはこの神界が嫌いで、子供が金を貯めて早々に家出するのと同じ心理というわけかな?」
「比喩が上手くなったな。それに免じて、それが本当の理由ではないが、それが本当の理由だったとしてもいい」
「ほう?それは嬉しいな」
コイツはまだ、「話せ」という顔をしている。
「そろそろ時間だ」
「俺達には無限に等しい時間がある」
「確かにそうだが、時間だ。食事にもある程度時間が決まっているだろう?」
私はそこで話題を無理矢理切り上げて、手荷物(そんなものは最初からないのだが)を持って今度こそ出ていこうとする。
「そうだ、下界に行くには名前が必要なんだろう?何にする?俺が決めてあげようか?」
「狐鈴。狐鈴ほわだ」
「ほわ?」
彼は珍しい、と驚いた顔をしてみせた。自身の発言に対する返事を求めていたが、私が何も言わないのを見て諦めたのか、何か面倒な質問を投げかけてくることはない。
「俺に会いたくなったら戻ってきてもいいぜ」
最後に兄はこう言った。結局のところコイツの本質は、騒がしいことが好き、以外の何物でもないのだ。騒がしいことが好きなのだから、まあ自然とこういう言葉も出てくるものなんだろう。
「その状況は永遠に訪れないかもな」
売り言葉には買い言葉で返すべき。君もそうは思わないか?
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!