コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「と、トワイライト!?」
「お姉様っ!」
振返ればそこにいたのは、紛れもなくトワイライトだった。白い肌に汗を浮べながら、息を切らして必死に走ってきたんだなと分かる彼女は、私の方へ走ってきて勢いよく抱きついた。そうして、私の心臓の音と体温を確かめるかのように顔を埋め、よかったと何度も繰り返した。
しかし、どうして、トワイライトがここにいるのか。
護衛はどうしたのとか、あの後どうなったのとか、皆は何処なのかとか、そんなことばかりが浮かんできた。先ほど自分が迷子になってしまったと言うことを忘れてしまうぐらいに、私はトワイライトが来て疑問と安心感に包まれていた。
「と、トワイライト苦しい」
「離したら、お姉様がまたどっかに行ってしまう気がして」
「だ、大丈夫だって。だから、ね? このままじゃ、窒息死してしちゃう」
そう私が訴えれば、ようやくトワイライトは離れてくれた。でも、本当に残念そうと言うか名残惜しそうな表情を浮べて。
きっと、本気で心配してくれたんだろうなと思い、私はトワイライトの頭を優しく撫でた。すると、彼女は白い瞳に涙を一杯に浮べた。
「お姉様がいきなり飛び出して行ってしまって、それで、私目の前がぐちゃぐちゃになりました。お姉様は何も悪くないのに、あの人達は聞く耳も持たず。お姉様は何もしていないのに」
「そ、そうだね……でも、いつもの事だから」
「何故、お姉様はそう、『いつもの事だから』ってすませてしまうんですか? あれは、人権的にいけない事じゃないですか。差別じゃないですか!」
と、トワイライトは必死に私の肩を掴んでいった。
そう言われても、帝国民の考え方が変わるわけでも、すぐに聖女が二人だ、これで安心だーみたいなわっしょい空気にはならないだろう。先ほども思ったが、不安をぶつけるサンドバッグが今必要なのだ。トワイライトという本物の聖女が現われたことによって、聖女を唯一無二の存在にするために。
(まあ、そう考えるだろうね……神は一人しかいらない的な、宗教的な問題かも知れないし)
だから、『いつもの事』と思っていた方が幾らか気が楽だと思った。傷つくことには変わりないけれど。
「分かってる。でもね、そういう考え方がこの帝国には根付いているの。アンタは、伝説上の聖女と同じ容姿を持っている。だから、それだけで彼らに崇められるし称えられる存在なの。私は召喚されてから、これといって成果を残してこなかったし、この間なんて皇太子殿下を巻き込んでしまった。だから、ヘイトが集まるのは仕方がないことなの」
「何で、お姉様は…………」
トワイライトは何か言いたげな様子だったが、私に何を言っても無駄だろうと口を閉じた。物わかりのいい子でよかったと。それでも、自分が本物の聖女だと自惚れず、私のことを姉としたって、本物の聖女と言ってくれて、それだけで幸せだし救われる。何度も言うけど、彼女がヒロインでよかったと思った。
だが、私がこれ以上何か言われてトワイライトが黙っているとは限らない。それこそ、世界を敵に回すなんて言うかも知れないし、帝国も世界も救わないなんて言うかも知れない。そしたら、誰が悪役で、混沌はどうなって災厄はどうなってと話がややこしくなってしまうのではないかと。だからといって、私は悪役に降りるつもりはないし、殺されるなんてごめんである。
しかし、思い出せば混沌は誰かの身体を借りて今の体を捨て復活するとか言っていたから、復活は免れないのかも知れない。どうせ、封印しなければこの災厄は終わらないし、封印すれば三百年ほどの猶予は与えられる。そうして、また悲劇は繰り返すわけだが、その時は違う聖女がどうにかしてくれるだろう。
そんなことを私は考えて、ふと思い出し、私は慌ててトワイライトに聞いた。
「待って、ちょっとそういえば護衛の二人は如何したの!?」
「え、えっと、お姉様が曲がり角をまがったのが見えて、見失ってはいけないと慌てて追いかけてきたので。もしかしたら、アルバさんもグランツさんも私達のこと見失ってしまったのかも知れません」
と、トワイライトは私の必死さに押されながらもそう何とか口にした。
だが、彼女の言ったことが正しくて、彼らが見失ったとすれば、二人で迷子になってしまったとも言えるのだ、今の状況が。
私は途端に頭が痛くなった。
私はまだ偽物聖女だから、探されないかも知れないけれど、トワイライトは本物の聖女だ。そんな彼女が行方不明になったと知ればどうなるだろう。それも、偽物の聖女と消えたとしたら大問題だ。私に対するヘイトも集まるし、トワイライトは外出許可が下りなくなるかも知れない。それだけじゃない。あの二人も護衛を騎士団から追い出されるかも知れない。
最悪に、最悪が重なってしまったら、と私は頭を抱えた。トワイライトは、事の重大さに気づいていないのか、私の心配ばかりをする。優しい子でそういう所も好きだし、可愛いと思っているが、もっと自分の立場を考えて欲しいとも思った。そういえば、お姉様もなんて返されるかも知れないが、ヒロインがここで死んでしまったり誘拐されてしまったら……誰が災厄を打ち払うんだろうかと。
トワイライトはもっと聖女の自覚を持つべきだと思う。私が言えたことじゃないけれど。
「お、お姉様どうしたんですか?」
「あの二人、早く見つけないと……痛っ」
「お姉様、足が」
壁に手をついて歩こうとすると、先ほど靴擦れを起こしたところがじくんと痛んだ。痛みが後からやってくるように、足下を見れば、先ほどよりも酷いことになっていた。また無理に走ったからだろう。理由は分かっていた。
トワイライトは私の足と、擦り剥いたところを見てじっとしていて下さいと、傷口に手をかざした。それは、よく見る光景で私がよくやったことだった。
彼女の手に白い光が集まり、私の傷口を優しく包み込んでいった。
治癒魔法。それも、本物の聖女の治癒魔法だ。自分も使えるのに、新鮮だと感じ、私はもの凄い早さで治っていく、塞がっていく傷口を見て口を開けるほかなかった。彼女が手を退ける頃には私の足に出来た靴擦れした痕も擦り剥いた痕も綺麗さっぱり消えていた。まるで、そこに傷がなかったかのように。
「す、凄い」
「お姉様の綺麗な足に傷が残ったら大変ですから」
と、トワイライトはふわりと笑って、私の足を撫でた。少しくすぐったくてやめて欲しかったがそれよりも、傷がなくなったと同時に身体も軽くなった気がしたのだ。心の浄化まで行ってくれたんじゃないかと錯覚するぐらいに。
さすがは本物の聖女だと。
(って、感心している場合じゃないの!)
私が、どうやって二人を見つけようかと思っているとトワイライトが口を開いた。
「あの……アルバさんもグランツさんも必死になってお姉様を探していました」
「え、えっと」
「とくにグランツさんなんて、いつもは何を考えているか分からない顔しているのに、必死になって、何度もお姉様の名前を叫びながら探してしました」
と、トワイライトは言って目を伏せた。
そうして、純白の目を開いて、ですから。と続ける。
「あまり攻めないであげて下さい。きっとグランツさんは、お姉様のこと大好きなんですよ。ですから待ちましょう。きっと、お二人は来てくれるはずです」
トワイライトは私を宥めるように言った。彼女は妹なのに、妹に宥められているなんて姉として恥ずかしいと思った。でも、それ以上にグランツが必死になって探してくれていたことを知って、心の奥底でたまっていた熱が沸き上がってくるようだった。
私はギュッと胸元で小さく拳を握った。
(そんなの知らない……グランツが、そんな風に…………)
トワイライトは、大丈夫です。と繰り返してここで待っていましょうと言ったが、こんな陰気くさい場所で待っているのは危ないと大通りに戻った方がいいんじゃないかとトワイライトに相談した。そうして、先ほどまで私を案内してくれようとしていたヴィにお礼を言おうと振返ったが、彼は何処にもいなかった。
「あ、あれ?」
「どうしたんですか? お姉様」
「え、えっと、さっき、私を道案内してくれた助けてくれたヴィって人が……」
あたりを見渡しがやはりヴィは何処にもいなかった。トワイライトは不思議そうに首を傾げていた。
「え、曲がり角まがっていったときに見えたのはお姉様しか」
「い、いや、そんなはずないって、だって……」
もしかして幽霊なのでは、と思ったがちゃんと触れられたし(触られた)、会話も出来たしで、その可能性は低いだろう。きっと、トワイライトは見えなかっただけだと私は結論づけて、取り敢えずヴィの事は置いておいて大通りはまで二人ででることにしようと、一歩踏み出したとき、足下が赤紫色に光り出した。
「な、何これ!」
足下に出来たのは、魔方陣だった。私の足下にもトワイライトの足下にも。それは、転移魔法のそれにそっくりで、私は誰かが転移魔法を私達にかけたのではないかと思った。だが、この色合からするに、光魔法のものではない。
(待って、これって――――)
頭の中で嫌な想像が膨らんでいく。私は、目の前で困惑しどうすれば良いか分からなくなっているトワイライトに手を伸ばした。
「お、お姉様!」
「トワイライト、手、伸ばして、ここから離れなきゃ!」
「は、はい!」
トワイライトは私に手を伸ばした。だが、トワイライトの足下がグニャリと歪んで、地面が泥のようにとぷんと溶け出した。そして、そこにトワイライトは引きずり込まれていく。
転移魔法のはずだが、前に見たものと違うと私はトワイライトに必死に手を伸ばした。彼女は徐々に溶けていくように吸い込まれていき、涙を浮べながら私に手を伸ばした。
「おね、さまッ!」
「トワイライトッ!」
もう少しで届きそうだった手は、スカッと空を切り、トワイライトは魔方陣に吸い込まれて行ってしまった。私は目の前でトワイライトを連れ去られ、自分の足下に出来た魔方陣も彼女と同じように溶け始めたのを見て、このままではいけないと動こうとしたが足が泥濘んで動くことが出来なかった。
(待って、このままじゃ私も!)
そう思った瞬間、どこからともなく声がふってきた。
「動くなッ!」
「ッ!?」
その声と共に、数本のナイフが降り注ぎ、私の足下の魔方陣に直撃した。