幼い時の母親の思い出は、毎日一緒にいたにもかかわらず、何か今一つはっきりしたものはなかった
数か月ぶりに顔を見せる父は、いつも生き生きとして、鈴子をあちこち連れ回して素晴らしい思い出を沢山作ってくれた
幼い鈴子から見ても父はとてもハンサムで気前がよくて、暖かくて、朗らかで、冗談を言っては周囲を笑わせている底抜けに明るい人だった、類に漏れなく鈴子の初恋も父親だった
父が外国から帰って来ると、屋敷の中はいつもお祭り騒ぎになった、家政婦が忙しくバタバタと家の中を走り回り、家には訪問客がひっきりなしに現れ、陰気な母親や兄でさえもいつも綺麗に着飾って客の相手をした
毎日宴会で思いっきりご馳走が出て、 贈り物が次々に開けられ、鈴子の屋敷は歓声と笑いが夜遅くまで続くのだ、鈴子自信もその可愛らしさで訪問客を和ませていた
鈴子が十歳になった時、母親が脳梗塞で倒れた、これで一家の生活パターンは完全に崩れてしまった、脳梗塞から母親の左半分は麻痺し、顔面は垂れていて、笑うともっと醜くなる、なので母は訪問客を嫌がり、父が帰ってきても部屋にずっと引きこもり、家政婦にさえ、誰にも心を開こうとしなかった、そのくせ入院するのも嫌がった
なので父が外国から帰って来たら鈴子が張り切って母親の役をしようと懸命に父を笑わそうとした、兄はそんな夫婦関係にとっくに我関せずの態度を取り、自室でゲームの世界に浸った、父はどんどんお酒を飲むようになった
こんな大きな屋敷で顔も合わさず、家族はまるで他人のように暮らす様になった、そしてとうとう母が危篤状態になった時、父は中国から慌てて戻ってきたが、何か様子がおかしかった
何がおかしいのか?と聞かれればわからないが、以前の様に父は鈴子に優しい笑顔を向けてくれなくなったし、この家にも関心が無くなったような感じだった、そして鈴子に神戸でも寄宿舎付きの名門女子高の中等部の受験を進めて来た
母親がいなくなったし、何を考えているかわからない兄とも仲良くない、やっぱり父の進める学校に入学すると、きっと友達も沢山出来て楽しいだろうと、鈴子は中学受験にいそしんだ
そして12歳の時に運命の歯車が回り出した、大学生の兄が恋人と家で同棲を始めたのだ
目の覚めるような美人とはまさに百合のような女の事を言うのだろうと鈴子は思った、百合に優しく微笑まれると、天使に優しくしてもらったかのように心が浮きだつのだった
それでも百合はどこか美しすぎて近寄りがたいと鈴子は思った、なのでもっぱら黙って彼女を観察する日課が鈴子の趣味になった
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